ラクロスにおける傷害の現状
現場が危険な状況
スポーツにおいて競技力を向上するためにトレーニングをすると、ときにはけがをすることもあります。ラグビー日本代表元監督のエディ・ジョーンズ氏は時期によっては「けがをしてもしょうがない。それぐらいの練習を乗り越えないと強くならない」というようなことを言っていたそうです。かっこいいですね!
しかし、メディカルの体制がしっかりしていなければこのようなことはできません!
ラクロスという競技に携わってきて、感じることはメディカルの人材の少なさです。
試合をするときに、大会ドクターやナース、救護担当がいません。試合中に起こる傷害の対応は各チームにゆだねられています。
各チームは本当に緊急時に対応ができるのでしょうか?
おそらくほとんどのチームができないと思っています。
強いチームでしっかりとしたトレーナーや医療関係者がチームにいるのであれば、対応はできるかもしれません。しかし、応急救護をできる人がすべての試合に帯同しているチームはどのくらいあるでしょうか?毎週練習にいるチームはどのくらいあるでしょうか?
かなり少ないと思います。
最近、アメフトやハンドボール、柔道などでの死亡事故や後遺症が残った事例がメディアでも数多く報道されています。ラクロスで、自分の所属チームで、死亡事例や重大事故が起こらないとは言えません。
そのため、自分が持っている範囲の知識だけでも、各ラクロスチームに伝えたいと思い、ラクロスプラスに記事を書かせてもらい始めました。
特にトレーナーや医療関係者をチームに帯同させることができないチームのひとに読んでほしい。そう思ってこれからいくつか書いていきたいと思います。
今後トレーニングのことも続けて書いていきます!
ラクロスの傷害の現状
ラクロスという競技において、どのような傷害(けが)が多いと思いますか?
足関節や膝の傷害が多いことが国内、海外から報告されています。
国内の傷害調査として、関戸(2016)は膝の傷害が最も多く(14.9%)、次いで足関節(14.4%)、大腿部(13.8%)の順であると報告しています。
また、外傷は足関節が最も多く(16.1%)、次いで膝(12.6%)、頭部(14.2%)であり、
障害は下腿部/アキレス腱が最も多く(23.5%)、次いで足部/足趾(17.6%)、大腿部(14.7%)の順であると報告しています。
外傷:突発的に起こって受傷した原因が明らかなけが
障害:徐々に起こったけが、いわゆるオーバーユース
このように、傷害は足関節や膝などの下肢に多いことがわかります。
傷害の種類は筋や腱が最も多く(39.5%)、次いで挫傷・裂傷・皮膚損傷といういわゆる傷や打撲(28.2%)、関節/靭帯の傷害(27.2%)の順であり、これらの3つでほとんどを占めます。
Hintonらは競技特性上、素早い方向転換動作を繰り返すため、靭帯や関節への負担が大きく、捻挫/靭帯損傷が多い競技であると述べています。
また、筋や腱の傷害は特に冬の時期に起こりやすく、オフが明けて強度が上がる時期に注意が必要であると本文中に関戸が述べています。
傷害発生率はというと、7.2/1000PHであると報告されています。
つまり、1人が1000時間練習や試合をすると、7.2回けがをする。
20人が約7時間練習をすると、1回けがをする。
人数が少ないチームでも週に1回以上はけがをすることになります!
傷害発生率が少なくても頭頚部外傷は重大な事故に繋がる危険があります。
関戸の報告から計算すると、女子ラクロスにおいて頭頚部外傷は0.543/1000PHです。
つまり、1人が1842時間練習すると1回受傷します。
20人が約92時間練習すると1回受傷します。
週10時間練習すれば9~10週間に1回受傷することになります!
これは非常に注意しなければいけません。
後で出てきますが、男子は女子よりも脳振盪が多いという報告もあります。
関戸の論文は[Medical attention injury]を用いたものです。
何かと言うと、医療類似行為を受けたものすべてをけがとみなします。
つまり医師に診断されたものや1日以上練習や試合を休むようなけがだけでなく、
TRやMGに何らかの処置をしてもらったけがも含んでいます。
特にオーバーユースでは痛みがあっても練習参加できる場合があったり、頭部外傷でもそのままプレーを続けていたりすることがあるため、
より詳細に調査をするためによい方法だと言えます。
男女ラクロスの比較
海外の報告ですが、高校生男女ラクロスの傷害の比較を行っている論文があります。
足関節(ankle)は女子の方が多く、体幹(trunk)や肩(shoulder)、大腿(upper leg)、頚部[首](neck)は男子の方が多いと報告されています。
傷害の種類は打撲(contusion)と脳振盪(concussion)において女子よりも男子の方が多いと報告されています。
オーバーユース(overuse)は女子の方が多いとは言い切れませんが、やや多い傾向ではあります。
傷害を受傷する機序(プレー)は男子はカッティングやダッヂ、ルール内での身体同士の接触が多く、
女子はオーバーユースやルール違反でのスティックの接触が多いと報告されています。
海外では他にも多くの傷害調査が行われており、
紹介したい論文がまだあるのですが、いつも長くなってしまうので今日はここまで。
国内と海外でやや違いますが、
下肢に傷害が多いことは同じようです。
ちなみに、関戸によるとポジション毎の傷害発生率はAT>MD>DF>Gの順だそうです!
競技における傷害の現状を知ることで、
予防や対応などを考える際に役立つかと思います!
しかし、発生率が少ないからいいのではなくて、
発生率が少なくても頭頚部の傷害は重大な事故に繋がります!
特に男子は女子よりも脳振盪が多いと報告されているので、注意しなければいけません。
頭頚部外傷が起こると、その日のプレーは禁止!
軽度の脳振盪でも必ず医師に診断を受け、7日以上回復期間を設けなければいけません!
脳振盪や急性硬膜下血腫などによって後遺症が残ったり、死亡事故が起こったりしないために、
頭頚部外傷が起きてもすぐに対応ができるように、緊急時の対応を日頃から考えておかなければいけません!
【参考文献】
●関戸 健一(2016):大学生女子ラクロス選手の傷害プロファイル~Injury surveillanceの確立と応用~
●R.Y.Hinton et al(2005):Epidemiology of Lacrosse Injuries in High School-Aged Girls and Boys
図は上記の論文を一部改変して使用しました。
この記事を書くにあたり、
現FC東京U-15トレーナー 関戸健一氏に貴重な資料をいただきました。
この場を借りて感謝の意を表します。