【ラクロスのその先に】はじめまして、ジョニーです。
これからコラムを書かせていただきます、ジョニーこと、中井祥子です。
早稲田大学→St.Vincent college(US)→FUSION
でプレーをし、FUSION時代には、早稲田大学でコーチを数年間しつつ、日本一も経験しています。
今は、ラクロスからは遠ざかってしまいましたが、仕事もラクロスの仲間がいたり、ラクロスコミュニティにはまだまだどっぷり浸かっています。
今、何をしているかというと、「原っぱ大学」の千葉エリアの事業責任者をしています。
原っぱ大学とは、森の中に秘密基地を作り、親子で遊ぶ場を提供している会社で、神奈川県逗子市が本拠地で、千葉、大阪と拠点があります。
山の中で、大きな古木でターザンやブランコしたり、泥んこ遊びをしたり、時に手作りイカダで印旛沼に漕ぎ出したり、井戸を掘ったり、リアルサバゲーをしたり。
正解の遊びはなく、思いついた遊び、作業が尊重され、実施されていく場です。
ルールは1つ。「人と自分を傷つけない」。これだけ守れば何してもいい場です。
ラクプラで私がコラムを書くことで、誰にどう役に立つんだろうと考えておりました。
自分の好きを仕事にしている人間として、好きを仕事にするまでの過程や、判断基準を、20-30代のラクロッサーで、組織に残ろうかどうしようか働き方を考えている人に、役に立つかもしれない、そんなふうに思い、その辺りを伝えていく内容を書いていきますね。
第一回目は、自分の大事にしている価値観について書こうと思います。
「まず手を挙げる」
今まで生きてきて、色んな経験をして今の自分がおりますが、自分が持っている大事な価値観は、「まず手を挙げる」。これが一番目かなと。
大きな過渡期になったのは、アメリカへのラクロス留学について動いたことでした。
アメリカでの経験は、もちろんその後の人生において大きな大きな価値になるのですが、その前段階として、「行きたい!」と手を挙げ、1-2年かけて留学の方法を探ったことが、何よりその後の自分に大きな自信になったと思っています。
▼アメリカでチャレンジしたいと思ったキッカケ
「種目が違う」
大学2年生の夏、スタンフォードのサマーキャンプに個人で参加し、現地の大学生や高校生のラクロスを見て感じた正直な感想です。
天然芝のグランドを走りながら、「ここにチャレンジしたい」、そんなワクワクを感じたことを今も覚えています。
今考えると「勝たなきゃいけない」に縛られていた当時の自分。単純に1on1が楽しい、点取るの楽しい、「1on1で抜けないぞ、次こうしたらどうだろう」のように、試行錯誤ができる環境だと感じたのが、アメリカにチャレンジしたい原動力だったと思います。
日本では、リーグ戦は年5試合と少なく(勝って上に上がったら増えますが)、負けちゃダメな環境なんですよね。
裏でリーグ戦の運営やグランド確保に奔走してくださっている協会の方々を知っているので、彼らをリスペクトしているという前提で、あくまで自由な立場で言いますが、リーグ戦の数がもう少し増えたら、いろんなチャレンジできて、もっとクリエイティブなラクロスになるだろうなとも思っています。
▼方法を探る
さて、アメリカでラクロスしたいと思ったものの、留学の方法は、正直よく分かりませんでした。2002年当時はインターネットにそこまでたくさん情報があるわけでもなく、毎年ラクロス協会から留学生として派遣されているのも、慶應の男の子達で、英語もできた(と勝手に思っている)選手達。
もし私が行くなら、受入先は自分で見つけないといけないというのが、当時の状況でした。
サマーキャンプで「正規の学生として受け入れることに興味がある」と言ってくれていたスタンフォード大学のコーチJoと連絡を取りましたが、圧倒的な英語力不足でNG。
学校の情報はネットを探せばあるけれど、どこにどうコンタクトを取ったらいいのか分からない。
Division1、2、3ってレベル差じゃないの!?みたいな感じ。
当時ラクロス協会国際部の部長で、現在は偉くなられた佐々木 裕介さん(現ラクロス協会理事長)に仕事の合間に八重洲ブックセンターのカフェで相談に乗ってもらったり、サマーキャンプを企画していた元ミストラルの今井ゆき子さんに両親と話してもらったり、わけがわからないながらも、とにかく点を打つ。そんな状況でした。
結果、いろんなご縁で受け入れ先が見つかり、米ペンシルバニア州St.Vincent Collegeに留学できることになったのです。
英語ができたら正規ルートもあったと思いますが、どうにかこうにか道を切り拓いた。そんな状況でした。
この後で書きますが、小さな田舎町のCollegeに行ったからこそ、一生物の出会いや、素晴らしい経験があったのです。
▼手を挙げるメリット
留学したいと手を挙げたのは、初めて自分でレールを敷いて歩いた瞬間だったと思います。
それまでの自分は、受験にしても、部活にしても、ルートを選択しているのみで、自分で作るなんて思っても見ませんでした。カヌーポロのチームに入ったり、柔道したり、個性的な経歴ではあるのですが、自分で作った道ではなかったのです。
自分でルートを作る自信や、正規ルートが閉まっててもどうにかなる精神は、このアメリカ留学の道を切り開いた経験で培われたと思っています。
そして、なんたって、手を挙げないと、周りには伝わらないものなのです。
▼9割は途中でやめる世界
ラクロス留学に行く直前に言われたのは、「9割は行きたいと言っているだけで、行く人は1割に満たないんだよね」と。
毎年「留学したい!」という声は出る。協会としてもフォローする。しかし、実際に行くのはその1割未満。
調べてみると実際の生活でも、この法則は当てはまるらしい。
▼ナポレオン・ヒル(哲学博士)の法則
「何か目標を掲げた人が、あきらめるまでに挑戦する平均回数は0.8回」
何かを始めようかな、アイデアが湧いてきた!でも、多くの人は、動く前に諦めちゃうらしい。
心当たりあります。家の片づけ、ダイエット、日々の勉強、経費精算etc.
そう、人間は既存の枠を出たがらないので、変化に対してやらなくていい言い訳を探す生き物なんです。
しかしながら、1度、たった一度動くだけで、格段に成功率は上がるそうな。
今回言いたかったのは、ラクロス留学した1割だから偉いとかそういうことではなくて、何もやらずに諦める人が多いという事実。
でも、1回、動いただけで、成功確率が格段に上がるんだそう。自分が大切にしたい想いやアイデア、一度動いてみるだけで、世界は変わるかも。
▼まず、人に伝えてみよう
では、やってみようと思った時に、どう動くか。
頭のいい人は、自分で考えて順序立てて動くことができるでしょう。
私は頭で考えるより動くことが得意なので、人に話してみる、話を聞きに行ってみるということを繰り返します。
自分で道を切り拓くというよりは、味方を見つけるイメージに近いのです。
偉い人や、年上の人なんかだと、ちょっと躊躇するのもわかります。ただ、彼ら、彼女らも「人」です。最近そこがわかってきました。権威とか取っ払って、自分が聞きたいこと、アイデアをぶつけて聞いてみましょう。上にいる人ほど、他の人に助けてもらった経験があるので、実際話してみるとものすごく味方になってくれたりします。
ココロオドルことがあったら、まず動いてみる。1回の壁を超えてみると、見えてくる世界が変わるかもしれません。