【HOW I COACH】柴田陽子|2020年青山学院大学女子ラクロスHC

日本の女子ラクロス界では有名人!青山学院大学女子ラクロス部のコーチ歴は11年目!2018年には日本ラクロス協会から送られる “全国最優秀指導者賞” を受賞し、現在は日本代表のHCとしても活躍。
大学ラクロス、クラブラクロス、日本代表としての女子ラクロス選手・コーチと様々なポジションの経験がある柴田さん。
今回はそんな経験豊富な柴田さんのコーチとしての価値観をお聞きし、みなさんにシェアしたいなと思います。

-プロフィール-
【名前】柴田陽子
【現在の年齢】33歳
【出身地】兵庫県
【現在の居住地】神奈川県
【出身校】慶応義塾大学総合政策学部
【ラクロス歴】
▶選手歴

慶應義塾大学 2005-2008、関東のラクロスのクラブチーム「FUSION」2009-2013年、関東のラクロスのクラブチーム「CHEL」2014-2016年
※日本代表歴 2008年のU22日本代表、2009-2011年の日本代表(’09W杯参加)
▶コーチ歴
大学:2009年慶應義塾大学AC、2010年-現在 青山学院大学HC
選抜:2012 U20関東選抜AC、2013 U20関東選抜HC、
代表:2015 U19日本代表AC、2017 日本代表AC、2019 全国強化指定選手団AC、2020 日本代表GM兼HC


ー2020年所属チームにおける役割を教えてください
青山学院大学女子ラクロス部のHCです。今年で11年目ですが、今年から慶應義塾大学時代の同期の河内が一緒にダブルHC体制で指導にあたってくれています。来年は世界大会もありますし、青山学院大学も現状維持ではもう一つ上を目指すことはできないので、さらなる飛躍のために引き継ぎ体制に入っています。私が時間を割いていることの大半は組織マネジメントなので実際はGM色のほうが強いです。
技術幹部とは河内と共に日常的にやりとりしながら、組織運営幹部とも必要に応じて連携します。加えてDF、NB・ドロー局面のコーチと幹部のマネジメントをしています。OF面は河内が全てやってくれています。
青山学院大学はありがたいことにAC陣も非常に能力がある仲間が揃っているので、自分自身が技術を教えることは今はあまりないです。

ー2019年所属チームの紹介&戦績を教えてください
変わらず青山学院でHCしていました。前年に史上初の関東決勝進出を果たしたところから、大きく戦力も入れ替わり苦しみましたが、なんとか4年生を中心に踏ん張ってくれて、関東1部リーグブロック4位で終えることができました。

▶︎プライベート生活について教えてください!
ー現在の生活・お住いについて

独身です。一人暮らししています。前職の職場と、実家と、青山学院の練習場の全てに行きやすいというアクセス重視で選んだ場所に住んでいますが、世界大会が終わったら田舎に引っ越したいです(笑)

ー職業&仕事内容について教えてください。
個人事業主兼SELLの代表が仕事です。少し前まで大手広告代理店でオリンピック関連の仕事をしていました。その前はナイキジャパンで通訳、WWEでマーケティング、リクルートで法人営業、アクセンチュアでコンサルの仕事をしてました。異業種異業界でのキャリアアップを図ってきて今があります。

ー勤務状況はどのような形でしょうか?
個人事業主として活動し始めてからはすごく自由です。土日も仕事していることもありますし、逆に平日でも休めることもあります。スケジュールも自分で決めるので全て自分次第ですね。広告代理店で働いていたころは土日休みかつフレックス制度があったので土日と平日の朝にラクロスをしてました。

ーラクロス以外の趣味を教えてください
旅行に行くことです。1日半空けば、弾丸で旅行に行ってますね。自然が大好きでよく山とか森に行きます。日本国内はあと5県だけ行けていない県があるので、そこを制覇したいです。海外旅行も長期オフには必ず行きます。あとは海外ドラマと映画が大好きです。

ー好きな言葉とその理由を教えてください
Dream as if you’ll live forever, live as if you’ll die today.
訳すと、永遠に生きるかのように夢を描き、今日死ぬと思いながら生きろということです。James Dean という昔の有名な俳優さんの名言です。
大きな夢持ちながら毎日が最後かもと思って生きたら、後悔ない人生送れそうだなと思って、この考え方を大切にしています。


▶︎日々のコーチ活動についてお聞きします
ーチーム活動へはどの程度参加していますか?

昨年までは、週によりますが平均して朝練、ナイター、土日合わせて週3回くらいは行けるようにしていました。
自分が参加したほうがいいミーティングをやるときは私の都合に合わせてもらってるので必要があればミーティングにも参加してました。
あとは年に数回、個人面談を選手とするようにしています。
今は他のコーチにかなり現場は任せているので、週1回行けるか行けないというくらいですが、その分AC陣や幹部と必要な連携はとれるように気を付けています。

ーコーチをはじめたきっかけを教えてください
母校の慶應義塾大学女子ラクロスのコーチは後輩から依頼がきたのでやったのですが、社会人1年目はほとんど行けなくて…。
青山学院大学女子ラクロス部でコーチをはじめたのは単に出会いとタイミングです。大学4年のときに※フレキャンにコーチをしにいったことがあって、その時大学2年生でコーチにきてた青山学院大学の子がたまたま家の最寄駅が一緒でそのあとも何回か駅で会ったりとかして交流が続いてて…
で、私はそのまま社会人なって若干ラクロスから離れたんですけどちょうど1年経ったころに会社をやめたんです。
そのときはほぼラクロスできてなかったんですが、ラクロスにもっと関わりたいなと思っていたところに4年生になったその子から連絡があって練習にいく機会があり、それが始まりです。
気づけばあれから11年経ちましたが、元々コーチしたいとかずっと思ってたとかでも全然なく…でも自分は日本代表としてW杯まで経験させてもらったので、何かしらラクロス界には貢献したいなとは思ってたのでこれが自分の貢献の形だったのかなと。

※フレキャン=毎年大学ラクロス部に所属している大学1年生が参加するラクロス協会主催のラクロスキャンプ

ーあなたにとってコーチを行う上で大事にしていることを教えてください
ラクロス以外でも輝ける選手を育てることです。ラクロスというスポーツをやってる限りはどれだけうまくてもなかなかラクロスだけでは食べていけないのが日本では現状です。なので、社会人になってたとえラクロスから離れてもそれぞれの舞台で輝いて「ラクロスっていい子ばっかり」と言われることがラクロス界においては今はとても価値のあることだと思ってます。
青山学院大学女子ラクロス部の選手はこれには大きく頷くと思いますが、そのために必要な人間性の部分に関してはラクロスの戦術よりもはるかに多く色々なことを指摘してると思いますし、ときには雷が落ちます(笑)。

あとはラクロスのフィールド上の能力=社会でも輝くラクロッサーではなく、ラクロスを通してみんなで考え創りだしてきた能力=社会でも輝くラクロッサーなのかなと思ってるので、たとえリーグのフィールドに立てなくても卒業するときに絶対に入っててよかったと思える組織にどうすればできるかなと常に考えて毎年色々試行錯誤しながら新しい取り組みをしています。

ーコーチをして印象に残っていることを教えてください
やはり青山学院の歴史が変わった初のFINAL4進出の2012年と、初のFINAL進出の2018年の試合とかをよく覚えているのではと言われますが、不思議なくらい毎年の色々な出来事がまだ鮮明に思い出せるんです。そういう意味ではどのシーズンも印象に残っていますね。
ひとつ敢えて言うなら、青山学院として初めて理念をつくった日のグループワークですかね。最初は30人くらいだったところから100人を超える部活にまで成長し、初めてそういったことがこれからのためにも心の底から必要と思い、みんなで長い時間話し合っていまの理念「愛し愛され続ける青学」が生まれました。それまでの6年があったからたどり着き、あのときのメンバーとつくったあの理念がまた青学をそこからの4年間、そしてこれからも成長させてくれると思っています。

ー柴田さんにとってコーチの面白みはなんでしょうか?
私は入部する1年生や親御さんにラクロスの魅力を説明するときによく「ラクロスには教科書がない」っていう話をするんです。
私は元々高校まではバスケをやってたんですけど、バスケはラクロスよりも決まった練習や戦術があるイメージで…でもラクロスはいい意味でも悪い意味でもまだ発展途上のスポーツなので、完成した教科書があるわけでも、それをちゃんとやればうまくなるわけでもない。いかに周りがやってないことをやるか。チームの運営面でも戦術面でも「自分たちで教科書をつくる」という作業が大切なのがラクロスだと思ってます。
だからこそ、自分たちが作り上げたことがもしかすると4年後はラクロス界の当たり前になってるかもしれない。コーチにとってもそれは一緒で、チームづくりだってフィールドの戦術だって教科書がないからこそ誰もやったことのないことをやって次世代の当たり前を創り上げられるかもしれない。
私はまだまだまだ自分の尊敬する恩師の方々に比べると至らないところもたくさんありますが、誰にだってそんな可能性があることが醍醐味かなと思ってます。


ー柴田さんにとってコーチの大変さとはなんでしょうか?
大変という言葉が適切かはわかりませんが…学生の本気と同じくらいの本気で常に向き合うこと、ですかね。
たまに「コーチやってあげている」という姿勢の指導者にお会いしたりします。忙しい中で、あまりお金にならないことをやっているので、気持ちはわからなくもないですが、学生も時間を割いて自分たちに色々な報告や相談をしてくれてるわけで、信頼して夢を託してくれている。それと同じくらいの情熱と愛情で応えてあげないと学生に失礼だと思っています。
コーチをしていても、日々学生から学ぶことのほうが多いです。時にはイラっとすることもありますが(笑)、常に敬意をもって学生と接して、「こんな人になりたい」と思われる存在として自分自身も成長し続けないといけないので、そこが大変ですかね。

ーコーチをやっていてよかったなと思ったエピソードを一つ教えてください
2018年の関東決勝のとき、延長戦の末、試合は負けてしまったのですが、終わったあとにスタンドを見上げた瞬間、やってよかったと思いました。
そこには、歴代の教え子が本当にたくさんいて、みんなすごくいい笑顔でスタンドからありがとうって言ってくれてたんですよね。
それに歴代の教え子だけではなく、私が教えてないOGもたくさん来てくれていて、そこも含めてみんなで一体となって声援を送ってくれていたんです。
青山学院大学を教えはじめたときに、部外者である自分が来ることで、それまでのOGがもう自分たちは関係ないとだけは思ってほしくないと思っており、それまで作り上げてくれた文化も歴史も大切にしたかった。そこの上に新たな歴史を積み重ねていけるように、ラクロスだけでなくOGとの人間関係の構築にも奔走しました。
私がコーチを始めたころは、青学にとってはFINALっていうのは、1部にいても遥か遠い目標だってみんな言ってたんです。でも10年かかったけど、そんな場所に大好きな人たちを連れてこれた。あの景色を見たときに、そこまで本当に長かったんですけど、全て報われたなって思いました。負けたんですけど、10年間青学でコーチやって本当によかったなあって思いましたね。

ー今までの教え子にメッセージをお願いします
気づけば150人以上の卒業生を送り出していて、なんかとても感慨深いです。
今でも「しゅんさんライン」とやらでこの家族を広げ続けてくれていてありがとうございます。
勝たせてあげられなかった代のほうが多いけど、どの代との思い出も私は鮮明に覚えています。全部宝物です。
人を愛し、人に愛される人生送ってくださいね。
みんなからもらった温かさと愛情以上に、私もみんなの人生に役立つ何かを与えられていれば幸いです。
これからも青学の後輩たちをよろしくお願いします!

ー今後コーチとしての目標を教えてください
日本代表で過去最高成績をとること。新しい教科書となるラクロスを創ること。


ーこれからコーチを始めようと思っている方へアドバイスをお願いします
まだまだ発展登場のスポーツだからこそ、ラクロスをやってる人は社会に出たら絶対に違う舞台で働かないといけなくて、それで社会人として世界で羽ばたいている仲間もたくさんいるので、そんなところもラクロスの魅力でいいところだと思ってるのですが…それも踏まえた上で、私は自分で「仕事があるから」「家庭があるから」「勉強があるから」と理由をつけてラクロスが好きなのに離れてしまうのはもったいないと思ってます。

私がいまコーチをできているのは多くの方の理解と支えがあってですが、与えられた環境で仕事をするだけでなく自分が求めている仕事の環境を自分でつくりにいったからでもあります。私の周りには家庭があってもコーチを続けてる方々もたくさんいますが、それぞれ自分でなんとか家庭を持ちながらでもできる方法を見つけてうまくやってます。勉強があっても、医者でラクロス日本代表もいますし、ラクロスと何かを両方やる道を切り拓くってラクロスっぽくてかっこいいと思います。そんなこともできるのもまた一つラクロスの魅力かなと思います。

ラクロスプラスを見ているほどラクロス好きなみなさん、他に大切にしてるものとラクロスと両方やって輝いてるラクロッサーをぜひ一緒に増やしていきましょう!そんなコーチ仲間が増えることももちろんお待ちしてます!

ーLACROSSE PLUS読者へにメッセージをお願いします
15年前にラクロスを始めて、私の人生は変わりました。でも、ラクロスがどんどん進化していくからそれに負けないくらい私も進化しないと、と思ってやっていて今があります。
ラクロス界ほど楽しさと成長と変化と絆に溢れた魅力的な場所はなかなかないんじゃないかなと思っています。みんなでそんなラクロス界をもっと魅力ある場所にしていきましょう!

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