• HOME
  • 詳細
  • コラム
  • 【ラクロスコラム】#2 教科書を解くより、教科書を書く|SELL代表 柴田 陽子

【ラクロスコラム】#2 教科書を解くより、教科書を書く|SELL代表 柴田 陽子


皆さんは、君が代を聞いて鳥肌が立つ、というような経験をしたことがありますか?

15年前の私は、そんなことは全く想像できませんでした。
そもそも私は中学の途中までアメリカで育ち、日本代表になるまで恥ずかしながらまともに日本国歌が歌えなかったのです…。

しかし、2009年チェコのプラハで迎えたW杯の初戦、君が代の最初の旋律が流れたとき、「鳥肌が立つ」っていう意味がはじめて分かったような、不思議な感覚を知りました。日の丸を背負うことの重さと誇りを本当の意味で理解できたのが、あの瞬間だったような気もします。

まさか自分がそんな瞬間を迎えるなんて、その4年前、慶應義塾大学に入学した頃には思いもしませんでした。何せ私は、高校まで無名どころでなく、試合に一度も勝てなかったバスケ部の劣等生だったのです。

私は高校でバスケ部の主将を務めていましたが、3年間公式戦では一勝もできませんでした。この話は当時の後輩と会うたびに笑い話となりますが、別に頑張ってなかったわけではなく、その頃はその頃なりに必死に頑張っていました。練習も決して楽ではありませんでしたし、多くの時間を部活のために割いていました。高校の仲間は本当に優秀で尊敬できる人ばかりで、あの高校に行ったことは全く後悔していませんが、バスケ部で一度も勝てなかったことは今でも悔しいです。


大学に入った当初、私は「日本代表になる」とか、そんな高い志を持って部活を選んだわけではありませんでした。高校で勝てなかった分、ただ「勝つ」という経験がしたかったのです。なので、当時慶應義塾大学で一番強かった女子の部活を探し、その結果、4年生に二人の日本代表選手が在籍していたラクロス部にたどり着きました。

では、なぜそれから4年間で、とりわけ運動神経も良くない、高校までの実績もない、152センチの小柄な私が、その先輩たちのように日本代表になれたのか。もちろん慶應義塾大学の大変恵まれたコーチと先輩の育成環境があってのことですが、最大の理由は私がやっている作業が、バスケのときとは大きく異なるものになったからだと思っています。

スポーツを料理に例えると、私は現時点でのラクロスは創作料理だと思っています。
サッカーや野球、バスケというのはそれぞれすでにジャンルを確立した人気料理。いわば、イタリアン、フレンチ、中華、のようなもの。それらの良さを色々と融合させながら、そこに「クロス」という新たな調理道具を活用し、独自の全く新しいエッセンスを加えたのがラクロスです。

それらの料理を斬新な調理道具と、多種多様な他の料理からの知恵を活用し、どのように進化させるのか。その先でどうやって新しい料理を生み出すのか。私は、このスポーツの本質はそんなことを考える作業にあると思っています。そこがバスケという正統派イタリアンを極めにいく作業とは異なっているのです。ラクロスは、よりクリエイティブに、今までにない考え方をすればするほど結果が出るスポーツだと言えます。


また別の例えで、私はよく、このスポーツの魅力を問われたときに、「ラクロスには教科書がない」と説明します。だからこそ、面白いのだと。

数学の教科書には、あらゆる数学の難問の解き方が書いてあります。でもその数学の問いを最初に考えた偉人が歴史を遡れば必ずどこかにいるわけです。
いまのラクロスは、問いの答えを作成するだけでなく、問い自体を考える作業もたくさん発生している状況です。少しずつ教科書の解説も増えているので、いまの大学生は教科書の難問を解くことに力を注いでいる選手も多いかもしれません。でも、それが本当のラクロスの醍醐味ではないことを知ってほしいです。ラクロスではみんながこれからの当たり前、これからの教科書を創ることができるのです。

私は、バスケの教科書の難問を解くことも、その教科書の先をいき、一歩進化させることもできませんでした。
料理に言い換えれば、修行してもイタリアンの一流、イタリアンを革新させる存在にはなれなかったのです。
それでも、ラクロスにおいては、152cmなりの、バスケ劣等生だったなりの、自分にしかできないプレイを見つけることができました。自分にしか編み出せない創作料理をつくり、試行錯誤を続けた結果、それがすごく評価の高い料理となったのです。教科書の例えで言うなら、私は教科書通りにプレイをしたのではなく、「152cm・1勝もできなかったバスケ劣等生がラクロスで一流になる方法」という教科書に存在しなかった問いを自分で作成して、その一つの答えを出した、と言い換えられるかと思います。


これは日々の練習においても同じことです。例えばグラボの練習をしたいとなったとき、教科書に書いてある(a)(b)という、2つの既存の練習方法を選択肢として持っていたとします。でも、本当にそれがベストな選択か?自分たちが得たいグラボの技術に対して、別の新たな選択はないのか?それを考える習慣が日々ラクロスでついていれば、私の経験上、社会に出てもそれがそのまま役立っています。

ラクロスは未開拓な部分が多いからこそ、可能性が無限大です。だから既存の選択肢以外のプレイスタイル、戦術、練習メニュー、組織の作り方を考えられる。
それが、ラクロスの醍醐味であり、バスケでは全く勝てなかった私でも、ラクロスでは大学4年間で日本代表になれた最大の理由だと思っています。

社会に出たときにも、上で説明したような「教科書に従わない」「レシピ通りにつくらない」という発想はとても大切です。
もちろん、時には従うことも必要ですし、レシピを見ないと悲惨な料理になることもあります。でも、それしかしなければ、その程度の活躍しか社会に出てもできません。


以前働いていた会社で、パートナーである豪州の企業とテレビ会議を行った際、弊社の対応の遅さについて激怒されたことがありました。
部長は平謝りで特に対策の話をせず、相手からは(a)その場で求めている要望に合意すること、(b)契約を破棄すること、の2択を提示されてしまいました。私は(a)を選んでも、すぐに対応ができず結局不信感を募らせ、その場しのぎにしかならないことを重々に理解していました。なので、新たな(c)として「今日約束できること、いつまでに何をするか」だけを整理することにしました。すぐに社内調整に走り回り、翌日には再度豪州に結果を電話で報告。相手の条件を全てクリアした結果ではなかったものの、信頼は何とか取り戻し、その後の良好な関係構築へと繋ぎました。

よくありそうな会社でのハプニングで、至って普通の解決案です。「新たな選択を考える」という思考さえあれば、誰でもできます。ですが、こういった仕事で日常的に求められる思考の基本と、ラクロスの創作料理・教科書作成の作業は相通ずるものだと思っています。

あなたは与えられた(a)と(b)の選択肢のどちらかを選ぶ人間になりたいですか?
それとも(a)(b)以外の可能性を最大限に考えられる人間になりたいですか?

ラクロスは「新たな選択を考える」能力を、フィールド内外で大いに鍛えられる環境です。
ラクロスでは、まだ教科書にない問いに向き合うチャレンジがある。まだ存在しないレシピを考える楽しさがある。

誰も考えたことのないことを形にし、10年後のラクロスの教科書をいまつくりたい。
まだ誰もつくってない至上の一品をつくりたい。
私はいまも、そんなワクワク感の中で日の丸を背負っています。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。