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【ラクロスコラム】#6 聞く力、話す力|SELL代表 柴田 陽子

「ラクロスは就活に有利」とよく言われますが、それがなぜなのか、皆さんはどれくらい説明できるでしょうか?

1997年から経団連が行っている新卒採用に関するアンケート調査結果では、企業が採用選考活動を進める際に新卒者に求めている要素がまとめられています。
「選考にあたって特に重視した点」に関する2018年の調査結果では、下記の5要素が上位の回答でした。

①コミュニケーション能力
②主体性
③チャレンジ精神
④協調性
⑤誠実性

これらの5要素は過去の調査においても常に高い数値を示しており、中でも「コミュニケーション能力」は、「企業が新卒採用時の選考で重視するポイント」の第1位に16年連続で選ばれています。また、「コミュニケーション能力を重視する」と回答した企業は全体の82.4%で、2位(主体性:64.3%)以下とは大きな差があり、これが業界・業種問わず重要視されている要素だということが示されています。この「コミュニケーション能力」は収入面にも大きな影響を与えると言われており、ハーバード・ビジネス・スクールが行ったハーバード大学の卒業生を対象とした調査によると、その能力の差によって年収に約2倍もの差が生まれていたことが分かったそうです。

「ラクロスは就活に有利」と言われる大きな理由は、これらの企業が求める上位項目を、ラクロスを通して培い、すでに備えている学生が多いからだと言えると思います。中でも、私は1位の「コミュニケーション能力」、さらに言えば「企業が求めるコミュニケーション能力」こそ、最もラクロスにおいて磨かれる要素であると考えています。実際に、以前週刊ダイヤモンド誌で「就職に強い体育会第1位」としてラクロス部が特集されたことがあり、そこでも「コミュニケーション能力が高い」ということが大きく取り上げられていました。

では、なぜラクロスでは「企業が求めるコミュニケーション能力」が身に付くのか。それを知るためには、「企業が求めるコミュニケーション能力」と「学生が連想しそうなコミュニケーション能力」の違いを理解する必要があります。

多くの学生は、就職活動の面接で「自分のコミュニケーション能力の高さを証明するエピソード」を求められたとき、

・場を盛り上げるのが得意
・社交的で友だちがたくさんいる
・社対面の人と人見知りせず話すことができる

など、「一緒にいて楽しい、心地良い」という印象を与えるコミュニケーション能力の高さをアピールする傾向があるそうです。
しかし、企業が求めているのは「一緒にいて楽しい人」ではなく、「一緒に成果を出せる人」。つまり、誰かと一緒に成果を出すために、【建設的なコミュニケーションをとれる力】こそが、重要だと考えられます。
ラクロスではみんなで意見を出し合いながら、より良い組織運営や練習をつくっていくという作業を、日々当たり前のように行っていると思います。実はこのプロセスを通し培われているのが、この【建設的なコミュニケーションをとれる力】であり、企業が求めるコミュニケーション能力なのです。

さて、一概に「コミュニケーション能力」といっても、その中にはさらに「聞く力」と「話す力」という2要素が含まれています。多くの人はこの2つのうち、どうしても「話す力」のほうに着目してしまいがちですが、「コミュニケーション」を辞書で引くと「意思の疎通:人と人が双方向で考えを伝え、理解をしあうこと」と記載されています。つまり、「コミュニケーション」とは、突き詰めると「人の考えを理解すること」「自分の考えを理解してもらうこと」であり、前者に必要なのが「聞く力」、後者に必要なのが「話す力」なのです。

私が、上で「聞く力」を先に記したのには理由があります。
これは私が、初めに相手の話を聞かずして、建設的なコミュニケーションは始まらないと考えているからです。
ある研究機関が、ビジネスパーソン300名を対象に行った調査では、コミュニケーションにおいて「話す」ことと「聞く」こと、どちらを仕事で重視しているか、という質問に対し、8割近くの人が「聞く」ことと回答したそうです。私がリクルートに入社し、営業部で最初に教わったのも“ヒアリング”、すなわち「聞く」ことでした。相手の企業のニーズを「聞く」。相手の事業への想いを「聞く」。それらを知って初めて、提供する商品が相手にとってどう価値があるものかを説明できるのです。自分が頑張って覚えた商品の説明を一方的に話すだけではいくらやっても売れない、と先輩に一蹴されたことを今でもよく覚えています。

青学では現在、新勧活動でもこの考え方に基づき、いかに相手の情報を先に聞きだすか、いかにそれに合わせた返しをできるかを大切に、部員たちで試行錯誤を繰り返しています。もちろん新勧の場面に限らず、ラクロスではコミュニケーションの要素であるこの「聞く力」を鍛えられるチャンスが多くあると思います。

例えば20人のチームの場合、全員が均等に話したとしたら、話している時間は全体のコミュニケーションの5%のみ。残りの95%は聞いている時間のはずです。単純な話ですが、多くの人は「話す」より「聞く」機会のほうが圧倒的に多いのです。ただ、「聞く」と言っても、黙って聞いていればよいというわけではありません。本当に大事なのは、どう聞くか。つまり、「聞く姿勢」なのです。

コーチをしていると、何気ない練習の中でも、自分が話している際に下を見ていたり空を眺めたりしている子がいて、「長すぎたかな…」「伝わらなかったかな…」と、一人で凹むことがよくあります。
一方で、最後まで目を見て話を聞いてくれる子、うなずいてくれる子、相槌を打ってくれる子、質問で返してくれる子がいると、逆にこちらも話していて楽しいと感じることができます。「聞く姿勢」とは、まさにこういったことで、「どのように聞くか」が、企業が求めるコミュニケーション能力の中でも非常に大切です。

ラクロスの活動における「聞く姿勢」は、私のようなコーチの場合だけに限らず、むしろチームメイトが話しているときに、より重要となります。
例えば、下級生が勇気を振り絞って発言した一言に、上級生がうなずいているか。貴重な意見と受け止めてもらえていると、発言した下級生が感じられるか。周りの「聞く姿勢」によって、その子が「また明日も発言できるように頑張ろう」と思うか、「もう発言したくない」と思うかは変わります。
これは、チームを引っ張る立場にある幹部に対しても同じことです。幹部が考えてくれたメニューや、そのポイントを一生懸命伝えようとしているときに、そこへかけてくれた時間と労力に値する「聞く姿勢」を周りのみんなが体現できていれば、それが幹部の頑張る力の源になります。逆にそれができていなければ、また同じ労力をかけるだけのモチベーションを保つのは難しくなり、それがチームにとって悪循環の起点となってしまうでしょう。
このように、「聞く姿勢」によって組織の中のコミュニケーションは大きく左右されます。

上で説明した「聞く姿勢」の先で私が重要視しているのは、聞いたことを「次につなげて話す」という点です。

例えば練習中の振り返りで、このような場面に直面することはないでしょうか。

―――
~パスキャ練の振り返り~
例①
A:「ミスが多いから減らしましょう」
その他:「はい」
B:「キャッチ側がリアルじゃないので動いたほうがいい」
その他:「はい」
C:「もっとパスの種類を色々トライしてみよう」
その他:「はい」
幹部:「ではいま出た反省を意識して次に入りましょう」
―――

これは極端な例ですが、ABCの3名の振り返りが全く互いの発言に反映されていないのは明らかだと思います。これだと練習をより良くするための建設的な振り返りではなく、みんなが言いたいことを言っているだけという状態です。

シーズンが始まってすぐの頃などは、青学でもよくこのような会話が発生します。しかし、リーグ戦が近づく頃にはこの振り返りが下記のように進化していることが多いです。

―――
例②
A:「ミスの多さが気にならない?」
幹部:「何が原因でパスミス増えているのかな…」
B:「でもいまって色々なパスにトライをしている中だから、ミスが増えるのは当然だよね」
C:「トライしている新しいパスに対して受け手がかみ合ってない気がします」
A:「そうだね。受け手よりも前に投げすぎている感じがしない?もっと体の近くにほしい。」
幹部:「じゃあ次は受け手の近くに投げること意識して修正しましょう」
―――

これも、例①と同じ「ミスが多い」ということから会話がスタートしていますが、それを踏まえた上で話すBCの意見は、例①とは全く違うものです。建設的なコミュニケーションとはこういうことで、1つの問題に対してみんなで意見を出し合い解決をしていくプロセスのことを言います。そして、こういった建設的なコミュニケーションを図るためには例②のように、聞いたことを「次につなげて話す」ことが大切です。これはラクロスだけでなく企業においても全く同じことです。

私は社会人生活の中で、数えきれないほどの会議を経験してきました。中でもナイキで通訳として働いていた時期は、1日にいくつもの会議に入る事が多く、建設的なコミュニケーションが図れている会議もそうでないものも多く経験しました。前者では、共感の声や質問が周りから必ず上がり、会話が途切れることなくつながっていた印象です。その先で、新たな提案が生まれるなど、より理解が深まった状態で会議が終了することが多かったように感じます。
逆に後者では、相槌や質問が前者に比べ圧倒的に少なく、特定の人が終始話し続けているか、誰も発言をしない間があり、会話がつながらないことが多かったです。これは会議に限らず、日常の仕事のやり取りの中でも、「会話がつながらない」と感じることは多々あります。そういったときは建設的なコミュニケーションが図れていないことを認識し、相手のことを「聞く」、そして「次につなげて話す」ことを互いに意識することが大切だと思います。

「コミュニケーション能力」のもう一方の要素「話す力」については、これを「スピーチ力」と混同している方もいるかもしれませんが、これらは全く別物だと私は考えます。
「スピーチ力」とは、人前で演説をするときなどに問われるコミュニケーションスキルです。指導者や経営者、多方面のリーダーにとっては必須スキルであり、スティーブ・ジョブズはわずか5分のスピーチのリハーサルに、丸2日をかけたという話もあります。人々を動かすために、大事な場面で記憶に残るスピーチができる力は非常に重要です。しかし、上述のとおり「スピーチ力」はあくまでも「大事な場面」で必要な力であり、日々のコミュニケーションの中で必要となる「話す力」とは異なります。

では、「話す力」とは何なのか。皆さんのチームにおいても、MTGなどでプレゼンや発表が上手い人と、日々の反省で的確なことを言ったり、議論を組み立てたりすることに長けている人が、必ずしも一致しているとは限らないのではないでしょうか。
この例で、前者は「スピーチ力」がある人、後者は「話す力」がある人です。言い換えれば「話す力」がある人とは、他者の意見を受け取り、他者の目線から物事を話すことができる人のことだと言えます。

よく「会話のキャッチボール」という表現をするかと思いますが、これはまさにその通りで、「話す力」がある人は、相手から投げられてきたボールをキャッチすることができる人というのが大前提です。だからこそ「聞く力」が何よりも重要です。「話す力」はそれがあった上で、そのボールをしっかりと相手が受け取りやすい形で返せるか、という要素のことを指します。

先ほどの例に戻りましょう。例①は、キャッチボールができていません。それぞれが投げたい方向に全力投球しているイメージです。一方で例②では、みんながAの発言「ミスの多さが気にならない?」を受け取るところから始まっています。では、それを受け取りやすい形で返すとはどういうことなのか。簡単に言えば、最初から全力の剛速球が来たら、慣れていない中ではキャッチしづらいですよね。

例でいうと下記のようなイメージです。

―――
例③
A:「ミスの多さが気にならない?」
B:「前に出しすぎだと思う。だからもっと体の近くに出そう。」
C:「はい」
―――

Aが投げたボールを、Bが剛速球で投げ返した、という感じです。例え最後にたどり着いた結論が同じでも、良い例である例②と比べると、会話の輪にいるメンバーの納得感や理解度が違いますし、それがそのあとの練習の質にも影響してくるはずです。なので、最初から剛速球を投げるよりも、とにかくキャッチボールを続けることが大事なのです。続けていく中で、お互いのことが理解できるようになり、ひとりでは出せなかった結論までたどり着くこができます。

青学では、私がHCになってから「コミュニケーション」を特に重要視して取り組んだシーズンが2シーズンあります。
ひとつは、私のコーチ3年目の2012年。この年は週1回のMTGの在り方を大きく変化させました。毎週議題を与えては、とにかく議論させ、それを各班がプレゼンする。そんなことを毎週欠かさず実施していたら、シーズン終盤には「聞く力」も「話す力」も確実に上がっているのを実感することができました。
近年初のFINAL4に駒を進められた一つの大きな原動力は、練習の中でのそれぞれの「聞く力」と「話す力」がシーズンを通じて伸び続けたことにあると思っています。
もうひとつは、その5年後の2017年です。部員の人数が増え、組織としては成熟していく一方で、昔のような密な会話をとる機会が減ってきていた時期でした。
その中で、このシーズンの4年生は敢えて「会話」を一つの強化軸に掲げ、その質を徹底的に見直しました。学年の壁を越えた対等な会話、コーチではなく学生主体で進める会話。
ここまで普段の会話レベルを押し上げられるのか、と学生からの発見が多いシーズンでした。そして、その翌年。下級生の頃からその会話レベルでの練習を実践していた選手たちは、1点を争う接戦の中、幾度となくフィールドの中で自ら試合を立て直し、決勝戦でも劣勢の中、王者慶應と延長戦までもつれ込む激戦を繰り広げてくれました。敗れはしましたが、2年間に渡るチームの成長に「会話」の持つパワーを改めて実感した忘れられない試合です。

私はナイキから電通に転職したあとも、通訳という前職の名残で、よく海外との会議に参加しては、英語を喋れない上司と外国人の間の橋渡し役を担っていました。通訳という仕事は自分の意見を言えないため、非常にもどかしい部分もあるのですが、他人の意見を別の人にどのように伝えれば、最も良い関係性や結果に導けるかを考える習慣がつきます。常に相手の立場に立って、相手にどう受け取られるかを考える職業です。私は通訳学校に通ったことはないので、通訳としての知識や技術は力不足の部分も多くあったと思います。
それでもナイキでも電通でも多くの国際会議で必要としてもらえた大きな理由は、英語力以上に、ラクロスを通して鍛えてきた「聞く力」と「話す力」にあると思っています。英語だろうが日本語だろうが、それがラクロスだろうがビジネスだろうが、相手との間で気持ちよく建設的なコミュニケーションを図る秘訣は変わらないと思います。

ただ「話していて楽しい人」ではなく、「一緒に成果を出せる人」「一緒に解決策を探してくれる人」。
それが、企業が求めるコミュニケーション能力の高い人材です。

そのためには「聞く姿勢」、それを受け取って「次につなげて話す」こと、そして「キャッチボールを続けること」が重要です。
日々のラクロスの活動に、これらを少しでも意識しながら取り組むことが、ラクロスの結果にも、就活にも、そしてその先の社会人としての活躍にも大きく影響するはずです。
いまはオンラインの会話が多いからこそ、その質にフォーカスしやすい環境があると思います。

いま一度、自分自身の「聞く力」と「話す力」を見直してみてはいかがでしょうか。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




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