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【ラクロスコラム】#15 全ての「ありがとう」を伝える|SELL代表 柴田 陽子

「全てのありがとうを伝えます」

これは青学の3つの行動指針のひとつです。
私は、青学で教え子と一緒に築いてきた文化の中で、この言葉が一番好きです。

何度かこのコラムでもお話している通り、青学には理念・ビジョン・行動指針という組織の軸があります。理念は「愛し愛され続ける青学」。ビジョンは「不動のFINAL4」。そして行動指針は、「勝つための努力をします」、「品のある行動をします」、「全てのありがとうを伝えます」の3つです。企業においてはこれらを、経営学者ドラッカーが提唱したミッション・ビジョン・バリューという3つの言葉で表現している場合も多いかと思います。2016年に実施された労務行政研究所によるアンケート調査では、ミッションやビジョンがあると回答した企業はそれぞれ約75%にも上ることが判明しました。それほど昨今では「組織の軸となる考えを持つこと」は当たり前になってきており、同様の動きはここ数年ラクロス界でも加速しています。私も今年はSELLの活動の一環で、他チームの理念づくりMTGに参加する機会が何度かありました。

青学で理念を作ろうとなったのは実はとても遅く、私がコーチ8年目のことでした。最初の5年ほどは部員数が少なかったのもあり、そういうものがなくとも何となく全員が青学の良さを理解し継承できていたので、敢えてそれを言語化する必要性をあまり感じていませんでした。それと同時に、人数が少ないため組織に+αの価値を生み出すための係があまり存在していなかったことも関係しています。しかし6年目以降、新歓・育成の改革の甲斐もあり劇的に部員数が増えたため、初めて係体制を見直して、すべての班を「運営班」と「普及班」という2つに分けることにしました。「運営班」は日々部活を運営していくために必要なグラウンド係や委員会などといったものであるのに対し、「普及班」は簡単に言えば、無くても組織は成立するけれど、あれば組織の価値をさらに上げられるような係の総称です。この時に新設された係には、家族班(部員の家族にどう応援してもらうかを考える班)など、いまでは青学の当たり前になっている班も複数あります。こういった活動ができるようになったのは、+αの価値を考え、実現できるだけのマンパワーがチームに加わったからで、部員数が100名を超えたあたりから一気に、青学ラクロス部の「価値」を高める動きは加速していきました。このような流れの中で、組織の中で大切なものを浸透させるためにも、そして内向きではなく外向きにこの組織を多くの人に知って応援してもらうための働きかけをするためにも、何か軸となる“キーワード”が必要となってきていると次第に感じるようになりました。そして8シーズン目を迎えるとき、1日かけてその“キーワード”を考える大きなMTGをさせてほしいと幹部にお願いしました。

2017年1月のある日、100名近くの部員を集めた大会議室で、大掛かりなグループワークを実施しました。選手は10個ほどの班に分かれ、まずは「青学ラクロス部の30年後の選手にも大切にしていてほしいものはなにか」について話し合いました。そこから、その要素を抽出し、みんなに響くフレーズを考える。いま考えるとコピーライターみたいなことをみんなでやってみたのです。そうやってみんなのアイデアから理念「愛し愛される続ける青学」が生まれ、続けてビジョンを話し合いました。今年だけでなく、長期的目線で達成したいことはなにか。「不動のFINAL4」とは、いつか青学がFINAL4に入って驚かれるチームではなく、FINAL4にいて当たり前と思われるチームになるという希望と覚悟を込めてみんなで結んだ約束です。元々は「不動の4強」でしたが、翌年やはり「FINAL4」という言葉のほうが明確に目指すものがわかるということで変わりました。そして行動指針。「勝つための努力をします」は日本一を目指す権利のある学校としての誇りであり、「品のある行動をします」は青山学院という素晴らしい学校の代表としての自覚です。そして3つ目の「全てのありがとうを伝えます」は、このチームが昔から最も大切にしてきた感謝と温かさを凝縮したフレーズです。あれから4年の月日が流れましたが、私自信がいまでも誰にも負けないようにやり続けようと思っていることが、この「全てのありがとうを伝える」という行動です。

これは単純なことに聞こえるかもしれませんが、ぜひ自分の一日を振り返ってみてください。みなさんは、1日で何回「ありがとう」という言葉を使っていますか?部活の後輩だったときと比べて先輩になってからその数は増えていますか、減っていますか?社会に出て1年目と5年目、どちらの方が「ありがとう」と言っていますか?私は、青学においても、SELLにおいても、日本代表においても、言ってしまえば最高責任者です。だからこそ、私がネガティブなことを言えば大きなマイナスになりますし、私がポジティブなことを言えば大きなプラスになると思っています。この青学の行動指針は、ポジティブな言葉の代表格である「ありがとう」を一度たりともこぼさずに伝えることの大切さを訴えています。1年生だけでなく、4年生が伝える。部下だけでなく上司が伝える。立場に関係なく、相手が自分やチームのために時間を割いてくれていることに対等な立場で感謝を欠かさない。そんな当たり前であって難しいことの大切さを気づかせてくれる言葉です。

ポジティブワードを発する、というのは実はとても簡単そうでできないことの一つだと思います。周りにイライラするとどうしてもネガティブワードが出てしまうというのは、誰にでもある経験です。しかし、1回のネガティブワードには、7回ポジティブワードを言わないと取り返せないほど大きな影響力があるのです。これは、2003年にマサチューセッツ工科大学で行われた実験で証明されています。企業の社員たちの「周囲からストレスの影響=受動ストレス」を調べたところ、ネガティブな感情はポジティブな感情より7倍も感染力が高かったことが分かったそうです。それほどネガティブなことを一度でも言ってしまうと影響が大きいのです。

青学は、昨年のリーグ前に絶不調に陥ったことがありました。練習試合で全く結果が出ず、徐々にみんなの顔から笑顔が消えていきました。自信を失くしたみんなのメンタルは負のスパイラルに陥り始め、練習でも覇気がなくなり、ミスをするとさらに雰囲気が悪くなる悪循環に陥りました。打開策を模索して、メンタルトレーニングの知識があった青学のヘッドトレーナーの寺田さんに、初めてメンタル面からのアプローチをお願いしました。ネガティブワードはポジティブワードの7倍伝染するというのも、この時に寺田さんから教えてもらったことです。この活動の一環で、青学ではポジティブワードを使うことを全体で徹底する動きが始まりました。逆にいえばネガティブワードを使わないということ。そして否定言葉を使わないということ。例えば上述の文でさえも、「ネガティブワードを使わない」と「ポジティブワードを使う」は結果的には同じことを言っていたとしても印象が全く違います。フィールド上においても例えば「ボールを後ろに下げない」を「ボールを前に上げる」と言うのも同様のことが言えます。そんな言葉の持っている力の細部のディテールまでこだわって相手に丁寧に伝える。言葉の魔法をプラスに働かせようとチーム全員が奮起しました。靭帯を切って主力にもなかなか食い込めず誰よりも悔しかったはずの主将がベンチから一番ポジティブワードを発し続け、フィールド上でも先輩後輩関係なくみんながポジティブな声かけをするようになった。7月の後半、リーグ目前に戦術のことからは離れ、思い切って数週間これだけに取り組んだ結果、その活動の最中から初めて1部校相手に3連勝したのです。結局そのあと主力が続けてリーグ初戦前に怪我をしてしまい、うまくピークを合わせることができずリーグは苦戦を強いられましたが、その数週間でのチームの変化には、私自身も改めて言葉の持つ力を学ばせてもらいました。「チームの雰囲気」をつくるのは一人ひとりであって、言葉のかけ方だけでこんなにもチームが変貌できるのかと、10年目にしてまた大きな学びを得られたこと、昨年の選手にはとても感謝しています。

CHELのときはもっとシンプルにポジティブワードの代表格の「ありがとう」を伝える活動をしたこともあります。当時主将であったロイもコラム#8で書いてくれていましたが、CHELはある年、全国大会3位まで勝ち進みました。ただ、舞台が大きくなればなるほど、それは負けられないプレッシャーとの戦いでもあります。勝ち進むにつれ、元々ロイのようなひた向きな選手が多いチームだったのもあり、練習でもうまく行かないと真面目に考え込んでしまうような時間が増えていました。そんな時、Sibyllaで日本一を経験し、また日本代表でも3度W杯を経験しているレジェンドわたさんが提案してくれたのが”サンキュー活動”です。とにかくとことんサンキューと言いまくる。ミスをフォローしてくれたらサンキュー。シュートを止めてくれたらサンキュー。笑わせてくれたらそれもサンキュー。1秒で言えるこの一言で雰囲気が良くなるならもっと言っていこう、という小さな心がけが、このチームを勝ちに導く一つの原動力になりました。サンキューという言葉をただ言うだけでなく、チームの仲間を大切にし、チームの雰囲気を良くする。サンキューという言葉をきっかけに全員がそんなことを意識するきっかけにもなりました。

上では青学とCHELを例に、ポジティブな環境づくりのチームにおける重要性について説いてきましたが、企業においてもこれは同様です。働きたい企業を選ぶとき、どうしても「業種」や「業界」に目がいってしまうのが普通だと思います。でも実際に働いてみて分かるのは、それ以上に企業それぞれの「雰囲気」や「企業風土」と言われるものが、その会社で自分自身が毎日幸せに働けるかということに大きく影響するということです。そしてそれだけでいうなら、私は今まで働いてきた会社の中でWWEの日本現地法人が最も働きやすく居心地がよかったです。WWEの年間売上は約800億円で、日本で最も有名なプロレス団体である新日本プロレスの約16倍です。世界的に見れば超有名なプロレス団体ですが、日本法人には社員が5人ほどしかおらず、私はその中でダントツの若さでした。5人しかいないということは、それぞれが違った分野において突出したスキルと経験を持っているということです。対して、私は社会人4年目の専門スキルもないペーペー。それでも他の社員に対等に扱われていないと感じたことは一度もありません。家族のような温かさがあり、近所のスポーツバーや行きつけの美味しい居酒屋によく飲みにも連れて行ってもらいましたし、18時になったらオフィスの冷蔵庫からビールが出てくることもありました。でもやるときはやる。そして私の大したことない仕事にも「ありがとう」を伝えてくれる会社でした。それはシンガポールにいたアジアのトップであった上司や、WWEのスーパースターと呼ばれる選手たちにも共通で言えることで、プロモーションツアーなどで来日すると、明らかに下っ端の私にも必ず “Thank you”を伝えてくれました。むしろそれが物凄いスーパースターであればあるほど、顕著であったことを覚えています。

55万人以上の企業人と接してきた著者が「一流役員が実践している仕事の流儀」という本で、一流の人の習慣を約40項目平社員・部長・役員のレベルに分けて紹介しています。その中の1つに下のような項目があります。

・平社員は、上司にだけ好かれる
・部長は、社内の人にだけ好かれる
・役員は、清掃員からも好かれる

肩書きで人を見るのではなく、どんな人にも丁寧な対応をする。ここ数日、世間を賑わせている芸能ニュースもまさにそんなことを考えさせられる内容ですが、これはスーパースターや芸能人でなくても、私たち一人ひとりも自分たちのコミュニティーにおいて考えるべきことです。その少しの心がけが、誰かにとっての会社や部活をより居心地が良く、楽しく、幸せなものにするのだと思います。

このように多くの周りの人から影響を受け、私は「ありがとう」を大切にするいまに至るのですが、そもそも私には、感謝やポジティブに生きる大切さを学ばせてくれる最高の教科書がずっと昔から一番近くにいます。

それは私が最も尊敬する人でもある、母です。あの一見派手でキャピキャピな母から私がどうやって生まれたのか、かなり不思議に思われることが9割5分ですが、派手でキャピキャピしているのは外見だけで、母は本当に大変な時もいつもポジティブなタフで出来た人です。私が6歳で渡米したとき、初めは学校に行っても習い事に行っても、周りが言っていることがとにかく一言も分かりませんでした。絶対音感を持っていて耳がいい兄とは違い、残念ながら語学のセンスは全くなし。加えて、真面目で努力家の兄に比べ適当でKUMONなども長続きしなかった私は、内容が分からないからと授業もほとんど寝ていました(それはそれでいま思えば強いですが)。英語自体を覚えるのも遅かったですし、発音にもそこから4年ほど苦労しました。LとRや、SとSHの違いがうまく発音できず、言語の特別クラスを取らされるなど、決して習得まで一筋縄ではいきませんでした。

それでも、アメリカで英語が喋れるようになるまでの数年で、“辛かった思い出”として残っているものは本当に一つもないのです。家に帰ればいつも母が笑顔で明るく迎えてくれましたし、母も英語が殆ど話せないのにいつも前を向いていました。遠足などの引率も必ず参加してくれましたし、アメリカではハロウィンのときに、子どもがtrick or treatと言いながら近所の家を一軒ずつまわってお菓子をもらうのが習慣なのですが、引っ越して3か月ほどしか経っていない1年目のハロウィンでも、近所のアメリカ人のご家族と母と兄で一緒にまわらせてくれたのを覚えています。いま考えれば殆ど言葉が通じない中でtrick or treatに行かない家庭や、日本人のいるコミュニティーで行かせる家庭もたくさんあったはずです。しかし母のポジティブな行動のおかげで、英語が話せなかった苦労よりも、母がつくってくれたそういった機会がすごく楽しかったという記憶の方が強く残っているのです。

いま考えれば、現在の私と同じくらいの年齢で子供2人を連れて知らない土地に行き、母だって絶対に想像できないほど大変だっただろうなと思います。しかし大変だという素振りは一度も見せませんでした。私の記憶の中の母はいつだって明るくニコニコしていましたし、だから母がつくる家の雰囲気もいつも明るくポジティブだった印象です。中学生になり日本に帰ってきたときも、1時間半の電車通学に慣れず電車を間違えまくったり、日本の勉強に全然ついていけず同じ学校の子が行っている塾には通えなかったりと、いま考えれば辛そうなこともありましたが、家に帰れば我が家はいつも明るかったですし、本当に辛い時は寄り添ってくれた思い出があります。

母は今でも、「暗い顔してたら良いことないよ!」とか「せっかくだから楽しみましょ!」とか、常に前向きな言葉をかけてくれる存在です。なんでこんなにテンション高いのだろうかと思うほど朝の「おはよう」から元気で、試合の日は玄関の扉が完全に閉まるまでずっと「ヴイヴイ」といいながらにこにこピースしています。母はそうやってポジティブなだけでなく、私がラクロスをやっていたおかげで楽しみが増えたから「ありがとう」と、本当は私が言うべき言葉を私にかけてくれるくらい、最も感謝を欠かさない人でもあります。

小学校や中学校のときは自分自身の生活の大部分を占めるのが家での生活だと思います。だから、私の当時の人生の大部分を占めた「家に帰った時の雰囲気」がいつも明るかったことが、そのときの私にとっては大きな「幸せ」だったのかなと思います。大学になると、その大部分を占める一つの要素は必ず部活です。だからこそ、勝つ喜び以上に、その場所が自分の家だと思えるか、その場所の雰囲気が好きになれるかが非常に大切だと思います。社会人になると、大部分を占める場所が今度は会社になります。もちろん家庭や、私のようにラクロスなどの会社以外のフィールドに幸せな場所を求めるのも一つですが、そもそも一番長い時間を過ごす会社の居心地が良くなければ、どれだけ結果を出してもそれが大きなストレスになりかねません。つまり、部活も会社も、そのときのライフステージのあなたの「幸せ」を決定づける大きな要素だということです。だからこそ、ただそこに在籍するのではなく、そこがいまポジティブな場所であるかどうかを常に考えるべきであると思います。もしそこがポジティブな場所でないなら、ポジティブにするためにどうすればいいか。自分にできることがないなら、そこを離れるのももちろん一つですが、「ネガティブだから辞める」は何もそこにアプローチせずに逃げているのと同じとも言えます。ポジティブな雰囲気をつくるのは上司部下、先輩後輩関係なく“一人ひとり”です。自分自身がポジティブな雰囲気づくりに貢献できているのか、まずは自身の行動から見直すのが大切かと思います。だからこそ困ったときは、一言「ありがとう」を言う相手や回数を増やすことから始めてみてください。

6月は母の誕生日があります。我が家は母のおかげで、いまでも必ず全員が揃って誕生日を祝う習慣があります。母の料理は本当に美味しいので、母の誕生日以外は家族で集まるときはほぼ母の手料理のご馳走が食卓に並ぶのですが、この日だけは母に休んでほしいという想いで毎年兄とどうするか考えます。今年はちょうど昨日、兄宅で兄がレベルの高い多国籍料理をふるまってくれました。プレゼントやケーキは私が用意しました(あとは食器洗いと兄のマッサージという下っ端仕事が妹の役目です)1年に1回、「ありがとう」を言葉にするだけでなく、兄と私なりにそれを行動で示す日です。母からは昨日もまたキャピキャピした「ありがとう」のLINEが届きました。

来週は父の日でもあります。昨日は1週早く、父にも普段言わない「ありがとう」を大好きなお酒に書いて伝えました。これも毎年の伝統です。ちなみに、父は私のいないFUSIONの試合にいまだに応援にいくくらい筋金入りのラクロスオタクで、基本的に干渉されたくない私には99%冷たくあしらわれていますが、決して恵まれていたわけではないところから自分の努力で未来を切り拓いた人でもあります。母とは違う部分で父のことも尊敬しています。

家族を大切に思っている私にとって、青学で最も好きな行事は「家族感謝祭」です。全国各地から部員の家族が一堂に会し、直接日々の感謝を伝える1年に1回の大事なイベントです。青学でコーチしていてよかったなと思う日は、自分自身が何かをもらう日よりも、大事な試合に勝った日よりも(これももちろん嬉しいです)、家族に「ありがとう」を伝えている部員の姿を見ることができたときだったりもします。家族感謝祭は、その年の戦績がどんな結果であれ、会場中がポジティブで明るく、温かい雰囲気に包まれています。感謝からはじまるポジティブな循環の結晶であり、最も言葉の魔法がかかった空間の一つだと思います。

「ありがとう」は魔法の言葉です。家族にも、同期にも、先輩にも、後輩にも、上司にも、部下にも、「ありがとう」と言える回数分、全て言っているか振り返ってみてください。本当に全て言えば、どれくらいポジティブな環境を自分からつくれるかも想像してみてください。明日、今までは言わなかった場面や人に対して「ありがとう」を言ってみてください。その一言から、あなたの周りが明るくなるかもしれません。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




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