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【ラクロスコラム】#16 私がラクロスから学んだもの File.004|SELL代表 柴田 陽子

「私がラクロスから学んだもの」シリーズ第4弾はなんと3人で書いてくれました。

コラム#15でお話した青学の理念を誕生させた学年(28期)の幹部3人、主将の橋本美咲さん(ぴの)・ATリーダーの杉浦里々佳さん(りりか)・DFリーダーの岡田桃佳さん(がく)です。ただ、この3人にお願いしたのには別の明確な理由があります。この学年は、青学史上最も落ちこぼれていた代です。そしてそのどん底から這い上がった代でもあります。だからお願いしました。今回は、日本中の暗黒世代、日陰世代と言われている皆さんに「まだ諦めるな!」というメッセージを込めて送るコラムです。

私は青学のコーチを本気で辞めようと思ったことが過去2回あります。(毎年辞めることはよぎりますが、この2回はレベルが違います)1回目はFINAL4進出の翌年、1部から2部に降格させてしまったとき。自分のやってきたことが全て間違いだったように思えて、何より辛い思いをさせてしまった学生たちに申し訳なかった。みんなを笑顔にもできなくて、勝ち方もわからない自分にコーチをやる資格なんてないと本気で思いました。実際にその年、私は4月頃まで青学から離れています。しかし、ある人がきっかけでもう一度勝ち方が見え、またやりたいと思えるようになり、その人と一緒に2人3脚でコーチをする決心をして青学に戻りました。その年は1部昇格ではなく「2年で日本一」を目標に掲げ、3・4年生の幹部が一体となり、2年で日本一を狙えるチームにするための改革に乗り出しました。11年間で唯一「日本一」を目指す権利すらなかったこのときの4年生が、文句ひとつ言わず後輩を巻き込んだチームづくりに徹してくれたことが、そのあとの青学の運命を大きく変えたと思っています。

そして2回目は、この2年後。昇格をしたときにまだ1年生だった28期が3年生になり、その年のリーグ戦が終盤に差し掛かっているときでした。昇格後、バトンを引き継いだ翌年の4年生とその1つ下の代は、間違いなくそれまでで最も2代続けて戦力が揃っていました。組織改革に本格的に乗り出したのもこの頃からで、上を目指す組織の基盤も着実に整ってきている実感があり、私はその2代で結果を出すという覚悟でチームに戻った部分もありました。特に、28期の一つ上の学年は、新人戦を準優勝しているほど戦力的にも人数的にも揃っている学年で、本気で上を狙える力があると思っていました。実際、その代のシーズン、リーグ戦は1点差の試合が3試合、2点差の試合が1試合、3点差の試合が1試合。ブロックの5試合全てが終盤までもつれる大接戦で、どこと戦っても簡単には負けないチームにはなっていました。しかし、結局その接戦のうちわずか一戦しかものにできず、気づけば入れ替え戦へ。上にいける力はあったはずの学年を、接戦の先で勝たせることができなかったのです。何度も自分の戦略、シーズン計画、組織への関わり方、ベンチワーク、全てがその学年の可能性を押し殺してしまったのかなと考えました。そしてそれだけ力のある学年すら勝たせることができなかった自分に、それよりも明らかに力が落ちる一つ下の代・28期を勝たせる想像が全くつきませんでした。なので、FINAL4への道が閉ざされた日、3年生だった28期に私はそのままの想いを伝えました。しかしその約1か月後、私は再び彼女たちと一緒に歩む決意をすることとなります。

少し時を戻して、28期との最初の思い出は彼女たちが1年生だったときの夏合宿です。その年は新歓改革に乗り出して36名の新人を迎え入れたものの手が回らず、今の手厚さとは比べ物にならないほど育成に力を入れられていない状態でした。そんな中、夏合宿で初めて1年生の練習を見ることに。その日28期は、土グラウンドの分け与えられた端っこのスペースで2on1をしていました。あまりの技術レベルの低さに受けたその時の衝撃は忘れもしません。基礎もままならず、パスがほとんどつながらない。5月くらいの練習を見ているような感覚になりました。もう一人のコーチも別日に練習を見て「1年生やばいねー」と言っていました。それが彼女たちとのほろ苦い出会いです。

2年生になっても、Aチームにいたのは3・4人。3年生になってもスタメンで活躍したのは3人だけでした。これは1部昇格させた代と並んで過去最も少ない人数です。とはいえ、その代は8人しか選手がおらず、対して28期は母数の選手数が約2倍の17人もいます。もちろん、前述したように1つ上が力のある学年だったというのも大きく関係しているのですが、下級生がスタメンの半分は占めることが多い青学において、この3/17という数値は群を抜いて過去最低です。

話は戻り、私が28期に「勝つイメージが湧かない」と伝えてから、もう一度やろうと思うまでには、2つの大きなきっかけがありました。
まず1つは、主将と2人で話し合ったときに主将が発した言葉。「しゅんさんがいて勝てるかはわからないけど、勝った時そこにしゅんさんがいてほしい」。不思議なことに、それを聞いた瞬間一気に肩の荷が降りた感覚になったのを覚えています。どこかで「勝たせることが役目」というHCの重責を年々強く感じるようになっていた私にとって、「勝った時に誰が隣にいてほしいか」を考えた28期からは、自分が忘れかけていた、でも本当は一番伝えたかったことを、そのまま自分に問いかけられているような感じがしました。

そしてもう1つは、このときに28期それぞれからもらった手紙です。手紙をくれた代は決して初めてではなかったのですが、これを読んだときに、私はAチームやスタメンにいる人数でこの学年の力を判断しようとした自分を後悔しました。前述したとおり、Aチームにいる人数が少ないということは、私が深く関わっている子も少ないということです。手紙を読んで、私があまり関わりを持てていなかった4年生のメンバーがどんな3年間を歩んできたのか、何を学んできたのか、この1年にどんな想いを懸けているのか、恥ずかしながら初めて知ることばかりでした。BチームやCチームにずっといた子たちが日々どれだけ見えないところで成長していたか、その子たちの秘めている可能性を自分はちゃんと見ようとしていたのか。「一人ひとりをちゃんと見る」、そこを大事にしていたはずなのに、組織が大きくなる中でいつからか仕方ないと言い聞かせ、大事なものを失いかけていた自分に気づかされました。

だからこの代と歩み始めたとき、私は4年生が例えAチームに何人いようが、「4年全員とチームをつくる」と心に決め、HCにもう一度新たに就任する気持ちでこのシーズンに臨みました。この年、28期は以前コラム#6でも紹介した通り、敢えて「会話」を一つの強化軸に掲げました。学年の壁を越えた対等な会話、コーチではなく学生主体で進める会話。このコミュニケーション能力を武器に、理念づくりMTGをただのMTGだけで終わらせない価値のある文化に成長させてくれました。MTGを開催したのは私かもしれませんが、そのあと、これをコツコツと日々の行動に移し定着させたのは4年生の頑張りがあってのことです。

そして不思議なことに、そのチームの変化と比例するように4年生になってから選手としても多くのメンバーが開花しました。3年生まで3人しかスタメンに入れなかった学年が、4年生の最終戦は8人スタメンに名を連ねます。スタメン以外でも、1年前では考えられなかったメンバーが多くAチームにあがってきました。しかもこれは1つ下の代が翌年FINALに進出するほど力のある学年であるにも関わらず、です。3年生のときに、そのときの彼女たちの「実績」だけで4年生の彼女たちの「未来」を判断しようとしていた私自身に、結果を以て、大きな学びを与えたてくれたことには今でも本当に感謝しています。

彼女たちから学んだこと…

・可能性を見限らないこと
・過去の実績でできるかできないかを決めないこと
・コツコツとやり続けることの大切さ
・学年全員で取り組むことの大切さ
・会話の力
・何を達成するかよりも、「誰と」達成するか

この代は幹部3人の連携も抜群に良く、タイプの違った3人のそれぞれにしか語れない深いエピソードが満載です。自分たちが暗黒世代だと思っている代はぜひ何かひとつ実践してみてください。


■自己紹介

青山学院大学18年卒、女子ラクロス部28期の幹部を務めていました、ぴの・りりか・がくです。詳しくはしゅんさんが紹介してくださると信じ、簡単に出身学部、学生時代のバイト先、よく好きで食べていたものを書かせていただきます。

ぴの(主将):総合文化政策学部/千吉・陳麻家/千吉の“辛吉”
りりか(ATリーダー):教育学部/ドミノピザ/チェーン店全般
がく(DFリーダー):総合文化政策学部/クアアイナ・陳麻家/売店のきなこ棒

■柴田との関係

恩師、の一言に尽きます。今はごはんもスノボも一緒に行くお友達でもあり、でもやっぱり人生で最高の上司。しゅんさんに学んでいなかったら自分がどうなっていたか想像もできないほど、このコラムに書かれていることをはじめとするたくさんのことを教えていただきました。

しゅんさんに出会えたこと、4年間ずっと見ていただけたこと、一生の財産です!

■ラクロスから学んだこと

※今回は3人で内容を相談し、パートごとに分担して書かせていただきました。

① 自分の姿勢は変えられるということ【ぴの】

“ラクロスから学んだこと”と少しずれてしまうかもしれませんが、私たちがより多くのことを学ばせてもらったしゅんさんとの関係の成り立ちについて書こうと思います。この後にも多く出てきますが、私たちの代はその名の通り日の目を浴びづらい「暗黒世代」です。しかしその暗黒があったからこそ創り上げられた1年がありました。

青学ラクロス部にとってしゅんさんは神様のような存在です。技術の指導・戦術の組み立て・組織の運営まで全てをまかなってくださる絶対的存在のしゅんさんに知らず知らずのうちに頼ってしまう…という風潮が青学にはありました。…が、私たちは「ぴのたちと勝つビジョンが描けない。」としゅんさんにコーチをお願いする前にお断りをされました。笑 頼らせてももらえない状況になってしまったのです。

そんな私たちだってこのチームで日本一になりたい!という気持ちをもっていました。でもしゅんさんにはもっぱらビジョンが描けないと言われる…(みんなでMTGを繰り返し悶々と考える日々)…ならもういっそ自分たちだけで戦っていくしかない!!と潔く腹をくくる覚悟を持ちました。

しかしそれと同時に、自分たちの描いた未来にしゅんさんがいないと寂しい…ということにも気づきました。「日本一になった瞬間、しゅんさんにいてほしいよね。」というある同期の発言にみんなではっ!とした瞬間がありました。

そんな経過の中でしゅんさんに頼ることでチームを創るのではなく、一緒にチームを創る関係を築こうとみんなで決めました。私たちは個々がひねくれていましたが、良い意味でとらえればみんな鋭く、軸をぶらさないという最大の長所を持っていたため、1度決めたことから妥協しないという自信だけはありました。

古典的ですが暗黒世代それぞれから手紙を書き、さらにしゅんさんの車の中で私たちの覚悟を伝える時間をもらいました。簡潔にまとめると「日本一になった時しゅんさんに一緒にいてほしい。私たちに期待しなくていい、気楽にコーチをやってください。」とお伝えしました。(1時間以上ふたりでアツく話していましたが、その会話の全ては録音し、同期に共有させていただいております。この場で暴露させていただきます。笑)

それが私たちが変われたこと、しゅんさんとの関係の始まりでした。

しゅんさん、私たちのコーチは楽しかったですか?笑

引退した後もたまに楽しかったと語ってくれていると聞いて、その度に嬉しくなります。
選手とコーチという関係の前に、人と人の関係が大事だと知った1年でした。そして、自分たちの姿勢を変えることで、人との関係性が大きく変わるんだということを学びました。

しゅんさんいつまでも仲良くしてくださいね!笑

② 自分の強みを見つけること【がく】

私たちは同期試合で勝った記憶はほとんどないほどラクロスの技術力がなく、青学のイメージに反して顔がかわいい子がいないとしゅんさんに言われ続け(ひどい…)、はっちゃけたり熱意を表に出したりするのがうまいわけでもなく、とにかく自分たちでも分かるくらい「ぱっとしない学年」でした。いつでもプレーで引っ張ってくださった(そしてとにかく顔がかわいい)ひとつ上の先輩と、後にFINAL進出で青学の歴史を前進させてくれるようなパワフルなひとつ下の後輩に挟まれ、上にもあるように“暗黒世代”・“日陰世代”なんて言われることもありました。

私たちが3・4年生だった頃は、青学史上最大級に部員数が多いときでもあり、ABに加えてCチームもできて、以前よりベンチ争いも激しくなっていました。28期にはABCそれぞれのチームに所属している選手がいて、3年生までにリーグ出場を経験したのは選手17人中、たったの3人。

そんな中、いよいよ4年生になるというとき、プレーで引っ張ることができない学年がこんな巨大な組織をどうやって先導していけばよいのかということを不安に思っていた私たちに、しゅんさんが送ってくださった長文LINEがあります。


ABCチーム、すべてを経験してきた19人だからこそ、チームの真の現状を把握できていて、全部員に寄り添える4年生になれるということ

自分たちが「日陰」だと思っていた3年間こそ宝物で、それを糧に自分たちにしかできないチームづくりをしてほしいということ

本当は全文載せたいくらいですが、そんなことが書いてありました。

この文章を読んだとき、一気に視界が開けたような気がしたのを鮮明に覚えています。そういう風にチームを引っ張ることが私たちにはできるんだと、今まで自分たちの弱みだと思っていたことが、むしろ他の代にはない強みだと感じられました。

私たちにとってこのLINEは‘17シーズンの始まりであり、1年を通しての軸でもあります。悩んだときはいつもここに立ち返り、自分たちにしかない強みを生かすための方法を考え直すことで、立ち止まらずに進み続けることができました。

強みを知るのと知らないのでは、その後の行動に大きな差が生まれると知ることのできた経験です。気づきをくださったしゅんさんには感謝しかありません。私たちはあのLINEを「バイブル」と呼び、今でも大切に保存しています。笑

これからも社会でどんな組織にいようと、その組織や自分自身それぞれの強みを見出し、常に前に進んで行ける人でありたいと思います。

③ 組織として共通認識を持つことの大切さ【りりか】

母校青学の雰囲気は、私たちが入部するずっと前からあったかくて、応援されるチームです。全員ラクロス、泥臭いラクロスを各代の先輩方は体現していました。私たちの代では、そんな歴代の先輩から引き継がれてきた雰囲気をチーム理念として言語化することにしました。(自分たちの手柄にしたいところですが、これはしゅんさんのご提案がきっかけでした。さすが!!!!)

私たちは部員数が増え、みんなで同じ方向を向く必要性を強く感じていました。なぜなら、青学が掲げる日本一という目標は当時の部員全員の目標ですが、100人を超えるチームで違う方向を向く人や、気持ちが離れてしまう人、自分の役割を見いだせない辛さや悔しさを感じる現実がでてくるだろうと暗黒世代(ラクロスが下手でひねくれもの多数)と呼ばれた私たちは実感として十分に理解していたからです。
 
そこで、2017年1月私たちの代の始動MTGでは全員集まってチーム理念を決めました。
朝から晩までかけた話し合いの末決まった理念は、“愛し愛され続ける青学“ です。この理念に沿って、ビジョンや行動指針を決め、毎週のMTGで確認することで100人を超える部員全員で同じ方向を向こうとしました。結果、電車でのマナーから人との接し方まで行動は少しずつ変化し、歴代のOGさんから引き継いだ素晴らしいマインドを当時の部員は全員持っていたように思います。

今振り返ってみて一番に感じるのは、この共通認識を言語化したことで組織の成長速度が上がったということです。後輩たちは今でもこの理念を掲げて活動してくれていますが、これから先、目標や目指すところが変化しても、同じ理念を持っていることで、「青学」としてのひとくくり感、団結力、代がかぶっていない後輩への愛おしさが生まれ、どんなに代が離れても母校を応援し続けることが出来るんだろうなぁと感じます。


(部室に掲げている理念)

④ 小さな変化を重ね続けることで大きな成長に繋がるということ【りりか】

これは一見当たり前のように感じますが、実感しているといないでは言葉の納得度が違います。

私たちが組織の最上級生になる時に、成長する大きなきっかけとして欠かせない出来事があります。それは、前年の日本一である関西学院大学で武者修行をしたことです。2月に下級生の遠征試合があり、残った4年生全員で練習に参加した際に大きな衝撃を受けました。一つ一つのメニュー間の切り替えや声の出し方、下級生が貪欲に質問する姿、MGの存在感、質の高い練習前スピーチが、私たちのレベルとはかけ離れていて、技術のうまさ以上に、会話の質の高さに圧倒されてしまいました。また、コーチが主体ではない、(グラウンドの端っこにいらっしゃったようないらっしゃらなかったような・・・)学生が作り上げている質の高い練習に、しゅんさんに頼りがちな自分たちとの違いを痛感しました。
 
この経験をもとに、コーチ陣を含めたチーム全体で会話への取り組みをはじめました。フィールドで自分たちで修正できるチームになるという最終目標に向けて、最初は返事をする!くらいのレベルから、YESorNOで答えない→反省と修正5:5にして次につなげる→試合で必要な声を出す、などなど・・・少しずつ修正をくり返しながら毎日練習していました。この取り組みは、質の高い会話が“学年問わず”フィールドでできるような大きな変化につながっています。

ここで大事にしていたのは私たちの日々のとっっても地味な振り返りです。(自画自賛ばかりですみません。)チームを引っ張る学年として、練習前後のプチMTGや、LINEグループで全チームの振り返り報告を1日も欠かさずに行いました。

一進一退の日々でしたがブレずに1年やり切れたのは、しゅんさんはじめコーチの皆様が、節目節目で方向性を確認してくださったこと、後輩も私たち以上に向き合ってくれたことで変化を実感することが出来たからです。チームは少しずつ変化し、私たちの翌年には戦績面でも大きな結果を出してくれました。そこから、組織の現状を見つめ、背伸びをせずに、一歩ずつ変化を重ねることが大きな成長につながることを学ぶことができました。

⑤ 役割を自覚し、それを全うすること【がく】

係や委員会ももちろん役割ですし、スタメンやエースでいることも役割と言えると思います。それに加えて、“キャラ”と言い換えられるようなものも役割のひとつで、意外とそれこそが大切だということも、ラクロスから学んだことのひとつです。

4年生の夏が近づいた頃、それぞれが個人として持っている役割は何なのかを改めて確認する学年MTGを行ったことがあります。100人を超える組織の中で、4年生はたったの19人。その他後輩の力を最大限に生かしてこそ組織の総力と考え、「全員を巻き込む4年生」になるために各自が意識的に行うことを確認しようとしたのがMTGを行った経緯でした。

MTGでは、「後輩をほめるのが得意」「誰にでも厳しい言葉をかけられる」「場を盛り上げるのが得意」「以前の自分と同じ立場にいる後輩に寄り添える」など、19人それぞれが違った役割を発表していきました。最後に“妥協しない4年生”という学年テーマを掲げ、それぞれが自分の役割を最後まで全うすることを誓い合いました。

同じ「全員を巻き込む」という目標に対しての役割を発表したのに、それぞれが違う役割を見出していたことには正直驚きましたし、自分とはちがったアプローチを同期の誰かができるということに頼もしさも覚えました。

自分の役割が分かると、自分の役割ではないこと、も分かります。“これは自分よりあの子にやってもらった方がいいな”とか、“ここは頼ってみよう”とか、そうやってバランスを取れているときに、一番うまく組織が回っていた気がします。練習中の簡単な例えとすれば、誰かが全体に「そんなパスミスしてたら練習にならないよ!」と厳しい言葉をかければ、また別の誰かが、「次のプレーから切り替えてがんばろう!」と声をかける。そんなことを意識的に行っていました。すると徐々にではありますが、以前より練習の雰囲気のオンオフにメリハリがついたり、後輩からの発言量が増えたりと良い変化が明らかに増え、この取り組みの意味を見出すことができました。

役割を自覚すること、それをすぐに諦めず全うすること。そのひとつひとつの行動は小さくとも、長い目で見ればそういった一人ひとりの違った働きかけこそが大きな組織をも変えていくのだと学んだ経験です。


(28期同期写真)

■今振り返って、ラクロスやっていてよかったと思うこと

【ぴの】

何よりも本当に楽しかったです! 朝はくそ寒い河川敷にぞろぞろ集まって、登校時は鉄のゴールを持ちプロテインをリュックのポケットに入れて、一日練習の日は真っ暗になるまで走り回って、誕生日には蛍光色のTシャツとBCAAをもらい、気付けば始発から終電まで同期といる…。そんな日々はもう一生こないと思います。笑 このコラムを書くにあたって思い出にひたっていましたが、今考えても楽しすぎて&辛すぎて笑っちゃうことばかりでした。

そんな楽しいことと辛いことの毎日で、知らず知らずのうちに身につけたこともたくさんあったんだと思います。練習の組み立て、MTGでの部員への共有、日本一をとるチームを創る、全てにおいてトライ&エラーを繰り返した日々でしたが、毎日の中でたくさんのことに挑戦できたことそのものがとても貴重な経験だったんだと思います。幸い、今働いている会社でもたくさんのトライ&エラーを経験させてもらえるので、自分自身やりがいを感じることができています。しかしそれは、どんな環境下であれ、トライ&エラーをするくせをこのラクロス部でつけてもらった自分がいるからこそのやりがいなのかもしれないな~とも思います。(もちろん毎日張り切っているわけではなく、ぽけ~っとしている日もありますが。笑)

その他にも、周りの人と関係を築くこと、チーム・組織として機能するためにやるべきことを考えて取り組むこと、ラクロス部では当たり前のことが今の社会人生活でおおいに役立ってくれていることを感じます。

そして何より『人としてどうありたいか。』ということをいつも思い出させてくれるのはラクロスです。人に元気を与えること、人の魅力的な部分を引き出すこと、とことんまっすぐに意見すること。ラクロスを通して出会えた素敵な方々&今も一生懸命に戦う後輩がそのことを自分に思い出させてくれます。

改めてラクロスが好きで、ラクロスって素敵だなと思えました。しゅんさん素敵な機会をありがとうございました!

【りりか】

私の人生において仲間、組織づくり、発信力、スケジュール管理能力、目標までの逆算方法、美味しいお店などなど、ラクロスで出会った人は私にたくさんのことを教えてくれました。あまりに書ききれないのでここでは『前を向く力』について伝えたいです。

私が引退した日の日記には『後悔もあるけど、こんなに褒められて引退できると思っていなかったから嬉しい。とにかくチームが勝って終われて良かった!!!』と書いてありました。(その翌日に彼氏に振られるとも知らず嬉しそうです。)毎日バカみたいに楽しいのとスマホを手放せないほど忙しいのと気が遠くなるほどグラウンドが遠かったので、余裕はありませんでしたが、ラクロス人生でたくさん頂いた言葉の1つ1つは、私の自信になりました。(厳しい言葉でも、お褒めの言葉でも忘れられない言葉がたくさんあります。)

何度も力不足で逃げたくなりましたが、諦めずに向き合ってくださるコーチ、大事な試合前に必ず連絡をくださるOGさん、同じ目標に向かって走る学年を超えた仲間達に支えられながら、1日も下を向かず4年間走り切ったことは私の誇りです。

私はいま新卒で入った会社で人材サービスの営業職として働いています。3年間で社内異動を何度も経験し、上司は6人目です。新規企業へテレアポをしたり、大手企業の全国採用をまとめたり、研修資料を作成したりします。仕事内容も環境も目まぐるしく変わる中で、仕事がどうでもよくなることもあれば、力不足で涙ぽろりしてしまう時期もありました。そんな時ラクロスの事を思い出すと、前を向いて仕事を進めることが出来ます。仕事量が多くても、落ち着いて真摯に対応できるようになりましたし、クライアントに求められるレベルに足りず自己嫌悪に陥っても、少しずつステップアップできるようになりました。プライベートでは…Netflixで驚異の集中力を発揮できるのもあの4年間のおかげかもしれません。

なので、とっても長い社会人生活の一歩手前である大学時代にラクロスを始めて本当に良かったと思っています。社会人生活ではしゅんさんほど有能な上司にまだ出会えていませんが(笑)、自分に負荷がかかった時に、青学ラクロス部で培った経験がなければ前を向けないことがあったと思います。ラクロスのおかげで人生が変わったと言っていいほど、パワーのあるスポーツだと思いますし、ラクロスをはじめたことで出会った皆さんを今でも心から尊敬しています。

【がく】

私もラクロスをしていて良かったと思うことのすべては書ききれそうにないので、2点だけ書かせていただきます。

1つ目は自分で工夫し行動することの楽しさを知れたことです。私は高校までバスケ部でしたが、毎日大嫌いだった顧問の悪口を言ったり(ごめんなさい)、ただ与えられたメニューをこなしたりと、なんとなく置かれた状況にいることの方が多かったように思います。

しかしラクロス部に入ってから、目標を掲げるだけでなく、そこに対して自分で工夫し行動することを初めは半強制的にすることとなりました。100人以上の組織で進んでいくという未知の経験で難しいことも多かった反面、いつしかその工夫によって組織が変わっていくことにやりがいと楽しさを感じるようになっていきました。夜な夜なビデオを見たり、みんなの前で話す際の順番を何度も何度も練ったり、資料作りをしたり、MTGをしたり…信じられないほどの労力をかけていたのに、それを苦と感じたことはありません。その結果、人前での話し方や、組織運営で大切なことを学ぶことができ、まずは自らで工夫し行動するからこそ楽しさがあって、その先に更なる学びがあるのだと知ることができました。これはこれからも、仕事やその他においても貫いていきたいマインドです。

そして2つ目、何よりもラクロスをやってよかったと思うのは、この組織での人との出会いです。しゅんさんをはじめとする、ラクロスの技術だけでなく、考え方、生き方、人への接し方、様々な側面を尊敬したいと思えるコーチ陣との出会い。一緒に目標に向かう楽しさを教えてくれた先輩や後輩との出会い。これからの人生も絶対に楽しくしてくれるであろう同期との出会い。その他にも様々な出会いがありました。

私は現在も青学のコーチをしており、なぜ卒業した組織にそんなに熱を注げるかと質問されることもよくあります。自分でもはっきりとした1つの理由があるわけではありませんが、まず思うのはラクロスが好きだということ、そして多くのことを学ばせてくれた組織への恩返しがしたいということ。でも一番は、現役の部員を含め、この組織にいる人たちとより深く関われる位置にいることが自分を成長させる、抽象的な言葉になってしまいますが、人生を豊かにしてくれると感じているからだと思います。ラクロスを通じて出会えたすべての方々に心から感謝しています。

これからも「愛し愛され続ける青学」の出身であることに誇りと責任を持ち、あのキラキラしていた4年間が自分の人生で最高だったときにならないよう、ラクロス部での経験を生かして邁進していきたいと思います!!


(引退試合の後、勝てたことに安堵が溢れ出すぎているしゅんさんと幹部3人)

――― 

私も知らない暴露まで含んでくれていてさすがでした。

この代が私に教えてくれたことは、ラクロスに限ったことではないと思っています。
社会に出ると、誰しもがどこかでつまずくと思います。社会人2年目で花開く人もいれば、社会人5年目、6年目までなかなか花開かない人もいるかもしれません。でも、自分の仕事の過去の実績を見て、これからも自分はできないと決めつけたら、10年経ってもきっと花開く日は来ません。過去から何を学び、どう成長するか。ぐっと我慢した先に最高の花を咲かせられるのは自分を信じてあげられた人だけです。

そして、最高の瞬間が訪れたとき、あなたは誰とその瞬間を迎えたいですか?もしそこにたどり着かなくても、その旅を誰とともにしたいですか?ラクロスでも、仕事でも、そして人生においても、これは最も大切な問いなのかもしれません。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




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