【ラクロスコラム】#19 GRITという大事な能力|SELL代表 柴田 陽子

“GRIT”
今年の青学の卒業生には、社会人になるにあたってこの言葉を贈りました。

GRIT(グリット)とは「やり抜く力」のことで、アメリカの心理学者でありペンシルヴァニア大学教授のアンジェラ・リー・ダックワースが提唱した言葉です。世界各国の知識人によるスピーチ動画を配信しているTEDにおいて、2013年に自身の経験をもとにGRITの重要性について語ったスピーチ動画は今日までに2000万回以上再生され、2016年には本まで出版されました。この本は日本でも20万部を突破し、世界的に大ヒットとなっています。この反響を受け、彼女の「グリット理論」=「才能やIQ(知能指数)や学歴ではなく、個人のやり抜く力こそが、社会的に成功を収める最も重要な要素である」という主張は、起業家、ビジネスマン、アスリート、アーティスト、学者など、さまざまな分野で多大な成果を上げた「成功者に共通する力」として、教育界や産業界をはじめとする様々な業界で高い注目を集めているのです。

ダックワース氏が提唱する前からこの「GRIT」という言葉自体は存在しており、英和辞典では道路などのあら砂、気骨、気概といった訳が出てきます。一方、彼女の語る「GRIT」は以下の4つの言葉の頭文字を取ったものとして、この言葉に新たな意味を持たせました。

Guts(度胸):困難なことに立ち向かう
Resilience(復元力):失敗しても諦めずに続ける
Initiative(自発性):自分で目標を見据える
Tenacity(執念):最後までやり遂げる

ダックワース氏がこの「グリット理論」に至るまでには、彼女自身の経験が大きく関係しています。彼女は元々ハーバード大学を卒業してから一流コンサルタント会社マッキンゼーに入社した超エリートでした。しかし27歳の時、彼女はその職を捨て、ニューヨークの公立中学校の1年生に数学を教える道を選びます。そして教師として生徒の宿題や小テスト・期末テストを採点している際、後にこの理論にたどり着くきっかけとなるあることに気がついたそうです。

それは最も成績の良い生徒たちと、最も成績の悪い生徒たちを分けているものが実はIQだけではないという事実でした。最もパフォーマンスが良かった生徒の中には、IQがそこまで高くない人もいましたし、逆にIQが高いのにあまり良い成績を出せていない生徒も多くいたそうです。彼女はアメリカの公立中学校の1年生で学ぶような円周率の計算や平行四辺形の面積の計算は、たしかに難しい部分もあれど、時間をかけて努力をすれば全生徒が必ず克服できるものだと確信していたそうです。そうであるにも関わらず、なぜそこに差が生じるのか。その答えを探しながら数年間教師として経験を積んでいった中で、彼女はこの問いの答えを導くには心理学的観点から研究する必要性があるという結論に至り、心理学者としての道を歩み始めます。

そこから彼女は心理学者として、様々な環境において「誰が、なぜ成功したか」を調査、分析していきました。具体的には米軍兵の養成施設にいって、どの兵が最後まで残りどの兵が脱落するか、厳しい環境で教師をしている新米教師のうち、1年が終わった時にどの教師が残っていて、その中でもどの教師が最も良い生徒の学習成果に繋げることできたか、などを予想していったそうです。また、企業とタイアップして、どの社員が好成績を出すかを調査するなどし、こういった様々な分野においての研究の結果、彼女はある一つの能力だけがどの分野においても共通の成功要因だということに気がつきました。その要素こそ、社交性でも、外見の良さでも、健康でも、IQでもなく、「GRIT」だったのです。

彼女の著書は、日本語では「やり抜く力」と訳されていますが、原題は”Grit: The Power of Passion and Perseverance”で、直訳すると「グリット:情熱と忍耐の力」となります。実際に彼女はインタビューでも「グリットとは、長期的な目標のために情熱と忍耐を持ち続ける力のこと」と説明しており、「やり抜く=情熱と忍耐を長期的に持ち続けること」と考えていることがわかります。つまり数週間・数か月ではなく、自分の描く未来のために数年・数十年という単位で長期的に頑張ることができるかがGRITです。彼女はこれを“人生を100m走ではなくマラソンのように走ること”とも例えています。

この研究結果で最も画期的なのは、「才能や知性」と「GRIT」には一切関連性がない、と断定した点です。これは決して才能が重要ではないという話ではなく、才能があったとしてもそれだけで成功するわけではないということです。著書の中では、「高い才能をもちながら途中で挫折してしまった人」や「周囲と比較して際立った才能を持っていなくても成功を収めた人」などが実際に存在することを例に挙げながら、詳しく説明がされています。著名人でも、FacebookのCEOであるマーク・ザッカーバーグ氏はビジネスで成功した要因の一つが「GRIT」であると発言している他、野球のイチロー選手は「僕を天才と言う人がいますが、僕自身はそうは思いません。毎日血の滲むような練習を繰り返してきたから、いまの僕があると思っています。」と発言し、努力の継続の重要性、つまりはGRITの必要性を度々主張しています。

上記の発見に伴い、彼女は現時点でその人にGRITがあるかないかというのを判断するための測定方法、「GRITスケール」も開発しました。

このGRITスケールは、上図の10項目について、自分が当てはまると思う数字をチェックしていき、その数字の合計を10で割った数字によりGRITの高さを測定するものです。最高点は5点で、点数が高いほどGRITが高い状態となります。この点数は現在の自分がどのような状態にあるかを測定するものであり、気持ちや状況によっても変化するそうですが、常に高い数値を取ることができるように自分のGRITを高めることが大事だとされています。

ダックワース氏は、GRITの一番のポイントは「育てられる能力」であることだと言います。彼女は数多くの一流成功者を調査する中で、その人たちに見られたGRITを養い成功するためのステップを整理しています。下記では、それをもとに、GRITの力をつけて成功するための4つのステップを、一部ラクロスを交えながら説明していきたいと思います。

①興味を持ち、没頭する
まずは興味を持てることを見つけること。GRITはその環境下でしか育てられないそうです。
例えばラクロスを好きでやっている中で、おそらく多くの選手はトレーニングの時間は嫌いかと思います。それでも、ラクロスの好きが上回ってトレーニングも乗り越えられているはずです。その嫌いなトレーニングを投げ出さなかったとき、GRITは育つはずです。

ダックワース氏は、今まで出会った成功者の中で、自分が取り組んでいることが嫌いな人はいなかったと言います。その中でも特筆すべき人として挙げられたのは、俳優のウィル・スミスです。彼はあるテレビ番組でスターであり続けられる理由を聞かれ、「僕が他の人と違うものを持っているとしたら、挑戦の途中の困難で死んでしまうことを恐れていないことだ」と答え、自らが自身の取り組みに没頭していることを示しました。ダックワース氏はこういった点から彼が成功している理由を「自分が極めるべきことはエンターテインメントだとはっきり分かっているから」と分析しています。しかしこうしたウィル・スミスのように人生を捧げて極めるような目的が見つかっていない場合も、「まだできていないことに没頭し、できるようになること」が、「GRITのある人」になるための出発点となります。

ラクロスは「まだできないことをできるようになる」には最適なチャレンジの場です。日本代表では現在、選手と1on1の個人面談をやっているのですが、一流選手が皆「まだできないことがたくさんある」と楽しそうに話すことに私も最近よく驚きます。彼女たちは大好きなラクロスに没頭する力に長けていて、その先で非常に高いGRIT力を身に付けてきたのだなと感じています。

②鍛錬を積み重ねる
ある調査によると、ドイツの著名な音楽学校において、後に世界的バイオリニストになった生徒たちとそうでない生徒たちでは10年間で約2倍以上の練習量の差が生じていたことが分かったそうです。下図は10年間に渡る、脱落者・成長が止まった生徒たち・一流になった生徒たちのスキルの上達度合を示したものです。

図のとおり、10年間の成長速度を横軸で見た場合、最初の数年間の成長は脱落者・成長が止まった生徒たち・一流になった生徒たちの間でそこまで差がありません。しかし、10年間の継続の中で、練習量と比例して大きく差が開いていきます。このバイオリニストの例だけでなく、この調査で研究した多くの音楽家に共通していたのは、一流の人ほど何年にも渡り何千時間にもおよぶ鍛錬を積み重ねていたことだそうです。ラクロスにおいても、これは本当にその通りで、練習をしても一流になれない選手も見てきましたが、練習をしなくて一流になった選手は見たことがありません。

また、一流になる人の多くは、一人での自主練を大切にすると言います。その大きな理由は「どのような目的で何を練習したいか」が明確になっているからです。NBAのトップスターであるケビン・デュラントは、全練習時間の約7割は一人での練習時間だと述べています。これはラクロスにおいても、特に今の状況下では、より重要なことだと思います。例えば自主練といっても、全体練習後に数人で集まりカナディなどを行うチームは多いかと思います。それはそれで楽しいし、収穫もあるかもしれませんが、例えば左手のパスを横に流れながら100回投げたとして、それが70回しか正確に投げられないところを、90回は投げられるようにしたい、という課題があったとします。そんな時はカナディを2時間行うよりも、一人で2時間壁と向き合って横に流れるときの体の動き、パスフォームを研究したほうがよっぽど上達することもあるということです。また、例えば同じ15分のシュート自主練だとしても、色々なところから毎日適当に30本シュートを打つのと、同じ場所から効率よく50本シュートを打って、そのシュート率を記し、その翌日また同じ場所から一本でも昨日よりも多く決めようと再度挑戦するのでは、全く効果が違います。ただ、練習時間を長くするだけでなく、計画的に目的を持った鍛錬を積み重ねることがGRITを育て、成功への道を開くのです。

③意味を見出す
ダックワース氏によると、やっていることに意味を見出せないと情熱は続かないそうです。そして情熱がないといつか耐えられなくなる。つまり、継続をするためには、自分が没頭していることに意味を見出すことが必要だと言います。

例えばラクロスでも、「何のために続けているのか?」と聞かれたときに、「仲間のため」「世界に挑戦したい」「ラクロス界への恩返し」など、それぞれに辞めない理由があると思います。逆に、それらの理由がなくなり、ラクロスから離れた人を見てきた人も多くいるかと思います。何かを長く続けて成功するためには“なぜそれをやっているのか“に頑張る意味を見出すことが不可欠なのです。

④出来ると信じる
これは最後のステップというより、全てのステップに不可欠なことです。自分で自分の限界を作らないこと。少し難しいことでもチャレンジすること。逆境をはねのける力が自分にあると信じること。続けていく中で少し自分に不安があるときでさえも走り続けること。それが自分を信じる勇気です。

ラクロスを教えていても、自分から「自分はここまでしかできない」と諦めてしまう選手は驚くほど多いです。そんな人たちに向けてダックワース氏が言っているのは「今より少し難しいことに挑戦すること」の大切さです。これはすごく難しいことに取り掛かるのではなく、少し難しいことを順にクリアし、成功体験を積み上げることが重要だということです。例えば、遠投が20メートルしか飛ばない選手に対し、目標50メートルが課されたとします。50メートルなんて無理だとそこで諦めたらそれまでです。そこで努力すればクリアできると自分の可能性を信じてあげられるか。50メートルが遠すぎる目標であるなら、まずは30メートルをクリアするために何をすべきかを考え、それを実行に移せるか。これは②で上述した作業になりますが、そこをやり続けるためには出来ると信じられることが非常に重要なのです。

以上の4つのステップがGRIT力を養い成功するために必要な要素と言われています。これらのステップは決して短期間でできることではありません。私は、今まで全国の千人以上の選手を見てきました。中には1年生でクロスを触り始めた時期から成長を見てきて、いま日本代表で活躍している選手もいます。そうした経験から私が思う、トップに上り詰めた選手たちに共通している点は、ダックワース氏の表現を借りると「マラソンを走れること」だと思っています。つまり、途中で諦めなかった人たち、走り続けた人たちがトップに上り詰めた人たちです。日本代表は短距離走のような短期間勝負で、到達するには相当飛び抜けた才能が必要です。ほとんどの選手は、何年も厳しい鍛錬を積み重ねて一歩ずつ成長してきた結果、今の位置にいます。これは青学という一チームの中で見ても同様のことで、1年生のときにそこまで飛び抜けていなかった選手でも、その情熱と継続的努力を武器に、4年生までに青学の主力選手へと成長する人を何人も見てきました。逆にいえば、初めにこの子はすごい選手になると思っても、4年後にそこまで結果が伴わなかった選手ももちろんいます。その差を振り返ると、GRITの4つのSTEPに多くのヒントが隠されているように思います。

また、社会に出てからも、この4つのステップはどこに行っても非常に役立つと思います。私は、5つの異業種、異業界の仕事を経験してきましたが、仕事の内容が面白くなかったことは一度もありません。どれだけ前職でスキルをつけていても、その業界では「新人」から毎回やり直しだったので、いつも学ぶことしかありませんでした。でも毎日「できることが増える」のはすごく楽しいことでしたし、人よりもはやく成長するために、まわりの優秀だと思う先輩たちの仕事を最初は真似して、そこから自分で進化させることは常々考えて積み重ねていました。その一方で、継続するほどの情熱を特定の企業や仕事に見出せなかったのも私が5社も経験した大きな理由です。どの企業においても、もっと長く働き続ければより見えたものがあったのかもしれませんが、いつも私の情熱はそこよりもラクロスにありました。

私が唯一情熱を持ち続けてきたことがラクロスです。なぜラクロスだけ、まだマラソンを走り続けられているかというと、やはりそこにどれだけ意味を見出せているのかの差なのかと思います。10年後のラクロス界を考えて、私はワクワクしますし、10年間走り続けてきたからこそ、いま見えるものがあります。情熱を持てることを仕事にできている現在が、一番やりがいと意味を感じていますし、ここからのマラソンのプランを考えることもできています。

私は、自分の時間を別の情熱にかけたいと思い各企業を離れる選択をしましたが、多くの人は社会人になって、情熱の大部分を長い期間に渡り特定の企業に注ぐと思います。しかし、そこに情熱がないと感じるのであれば、私のように環境を変えるのも一つの選択だと思いますし、とにかく自分が情熱を持てるものを見つけることがGRITを育てるためにも、成功するために大切だと思います。実際にダックワース氏も挑戦の場を変えること自体は悪いことではないと言っています。ただ、「嫌だからやめる」という理由だけで転職をするのは、単なるGRITがない人です。転職をするならば、自分は何に情熱をかけたいのか、何を自分は得たいのか、なぜ今の場所では達成できないのか、それらを整理して飛躍につながる転職にするのが大切だと思います。

最後に、作家の中谷彰宏の有名な名言に下記のような言葉があります。
「したい人、10000人。始める人、100人。続ける人、1人。」
また、楽天の創業者の三木谷浩史氏はこのように述べています。
「たとえ毎日1%の改善でも、1年続ければ37倍になる。」

「やり抜く」というのはそれだけの価値があり、それだけ難しいということです。

あなたはどのようなフィールドで、なにをやり抜きたいですか?
ラクロスを通してやり抜く力をつけた先で、あなたの人生においてのマラソンがどのような舞台か、一度思いを巡らせてみてください。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




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