decoding

【ラクロスコラム】#21 Givers & Takers|SELL代表 柴田 陽子

私が中学生の頃に見た映画で今でも印象に残っているものに、『Pay it Forward』という作品があります。
これは2000年公開のアメリカ映画ですが、翌年には日本でも公開され高い評価を得ました。物語はケビン・スぺイシー演じる社会科教師が、中学1年生の生徒たちに「世界を変える方法を考え、それを実行してみよう!」という課題を与えるところから始まります。そして、それに対しある生徒が編み出した仕組みが「ペイ・フォワード」です。これは、ある人が3人に何か善いことをし、善いことをされた3人が、またそれぞれ別の3人に善いことをする、というものです。すると、3人が9人に、9人が27人に、27人が81人に、81人が243人に…と、善いことをする人がどんどん増え、「善意の連鎖」が起こっていきます。

この「ペイ・フォワード」では、助けてもらった人(B)が、助けた人(A)に直接恩を返すのではなく、別の人物(C)を助けるというところに特徴があります。そうすることで(C)は(A)や(B)に対して恩を感じながら、つぎの世代へさらに何かを与えようとし、それが続いていくとやがて社会には互いを思いやるポジティブな循環が生まれる、という発想なのです。物語では、主人公の少年が知らない400キロ離れた町でこの現象が広がっていきます。これはたしかに映画の中の話ですが、このPay it Forwardの考え方、すなわち「恩を返す」のではなく「恩を送る」という新たな発想は、現実世界でも映画界を超え大きな話題となりました。

このように誰かのために何かをすることを英語では “Give”と言います。また、逆に誰かに何かをしてもらうことを “Take”と言い、お互いに利益のある、持ちつ持たれつの関係のことを”Give & Take”と表現します。この言葉を題名としたベストセラー著書が『GIVE&TAKE~与える人こそ成功する時代~』です。著者は、ビジネス校の名門「M7大学」の一つであるペンシルベニア大学ウォートン校で組織心理学者として史上最年少の終身教授となり、Forbes誌の「世界で最も影響力のあるビジネス思想家10人」にも選出されたアダム・グラント氏です。この本は、24カ国語以上にも翻訳された大ベストセラーで、世界中の人々の「働く意義」を変えたといわれています。

グラント教授はこの著書の中で、世界をまたいで3万人以上に対して行った調査から、人間のタイプを下の3つに分類しています。

①GIVER:受け取る以上に与える人。
②TAKER:真っ先に自分の利益を優先させる人。愛想が良く気前が良いTAKERもいるが、長期的に見て自分がどれだけ受け取れるかで自身の行動を決める。
③MATCHER:GIVE & TAKEのバランスを考える人。相手によって自分のスタンスを変える。相手がGIVERならGIVERとして振る舞い、相手がTAKERならTAKERとして振る舞う。

世の中にはGIVERが25%、TAKERが19%、そしてMATCHERが半数以上の56%存在しているそうです。さらにグラント教授は、様々な組織においてこの3つのタイプの人たちのパフォーマンス結果がどうであるかを分析していきました。するとそこで驚くべき結果が出たのです。それは成功から最も遠い存在はGIVERだったということです。エンジニアを調査しても、医学生を調査しても、営業職を調査しても、その結果は一緒だったと言います。この調査では、TAKER と MATCHER の年間売上は GIVER の2.5倍もありました。これはGIVER は”お客さんとって何がベストなのか?”を常に気にかけているため、強引に物を売りつけるようなことをしなかったり、自社の商品が粗悪なものであれば売るのをためらったりするなど、「善意」が営業として裏目に出るからだと説明がされています。

グラント教授は、良い組織をつくるためにはGIVERから搾取するTAKERを排除することが重要だと述べています。TAKERの人たちは非常に社交的で良い人に見えることも多いため、GIVERとTAKERの見分け方は一見難しいと言われていますが、グラント教授は面接などの際に、簡単に判別をする方法として下記の質問を用いているそうです。

「自分のおかげでキャリアが劇的に向上した人を4名教えてください」

TAKERはこの質問に対し、自身よりも影響力のある名前を4つ連ねます。なぜならTAKERは上に媚び、下を虐げることに長けているからです。一方で、GIVERは自分よりも地位の低い人、あまり影響力のない人や自分にとって役に立たないひとの名前を挙げることが多いそうです。これは日頃から上下関係なく様々な人を助けている証明でもあります。社会に出ても、もしかするとラクロス部でも、上には良い顔をして下には別の顔を持っている上司や先輩などはいるかと思います。一方で、後輩や部下にでも自身の時間を割いて役に立とうとしてくれる人もいるかと思います。また同期でも、周りが見てないときに何気ないところで助けてくれる同期もいれば、周りの目があるところだけで気を配っているような同期もいるかもしれません。それはグラント教授の考え方で言う、GIVERとTAKERの違いです。そして、こういったTAKERができる限りいない組織をつくることが組織の成功においては非常に重要だということなのです。

では逆に、最も成功しているのは一体どのタイプだったのか、気になりますよね。なんとこの研究では、最も成功しているタイプもまた GIVERであることが判明しています。例えばエンジニアの調査で、最も生産性が低いのは GIVER でしたが、最も生産性が高いのもまたGIVERでした。医学生の試験で最も点数が低いのはGIVERでしたが、最も点数が高いのもGIVERでした。営業やその他の調査対象においても、この傾向は同様だったそうです。これらの成功スケールを表で表すと下図のようになります。

このようにGIVERは成功スケールの左端(最も成功から遠い位置)と右端(最も成功から近い位置)の両方に分散されており、TAKERやMATCHERは中間に集まっているそうです。

最もパフォーマンスが低いGIVERは、自分の仕事を後回しにして、人の仕事を手伝ったり、無理なお願いも聞いてしまったりする傾向があるため、自身の仕事のパフォーマンスが低下していきます。一方で、TAKERは、最初は自分が有利になる状況を作り出すので短期的には高い成果を出すものの、長期的に見た場合には多くの人に徐々に敬遠されていくため、パフォーマンスが伸び悩みます。MATCHERは相手によって行動を変えることで自分の仕事を順調に進めつつ、相手が手伝ったら自分も手伝う、自分が手伝ったら相手が手伝うことを期待するという関わり方で、自身のパフォーマンスを維持していましたが、そもそもこのタイプが半数以上の人を占めているため、それが飛びぬけたパフォーマンスになることも少なくなります。それに対し、右端のGIVERは与えることで短期的には自分のパフォーマンスが損なわれるように見えても、長期的に見るとそうした行動で培った信頼が人的・技術的なネットワークを形成しており、時間の経過とともにいざとなったら手を貸してくれる人が増えていっているのです。こういった良好な人間関係の構築が結果的には自身の評判やチームとしての成果を向上させる要因になります。

では、GIVERの人たちはなぜ、左端(最も成功から遠い位置)と右端(最も成功から近い位置)に分散されてしまうのでしょうか。グラント教授はGIVERの明暗を分ける考え方の違いを、GIVERの中で「自己犠牲型GIVER」と「他者志向型GIVER」の2タイプに分類することで説明しています。この2つを分けるのは「自己利益への関心の高さ」であり、この点こそが左端と右端のGIVERを分けている差だと言うのです。下図はTAKERも含めた対比を自己利益と他己利益への関心度で分けたものです。

最初の図で左端に位置していた成功から遠いGIVERは、自己利益への関心が低いことが分かります。こうした人たちは「自己犠牲型GIVER」と呼ばれており、自分自身の利益やメリットを顧みず、貴重な時間とエネルギーを割いて人の役に立とうとします。しかし、自分を犠牲にしてまで他人を助けていると、やがて自分自身が疲弊し、心が擦り切れてしまいます。こうなると、GIVER であり続けるのが難しくなり、GIVERの中にはBURNOUT(燃え尽き)の症状に至ってしまうことも少なくないのです。

一方で、最初の図で左端に位置していた成功するGIVERは、他者利益だけでなく “自己利益への関心”も高いと言います。彼らは、与え続けることで「最終的には自分も恩恵を受けられる」と理解したうえで、その行動をとっているのです。このタイプの GIVER は、価値を与えるだけではなく、価値を「増やす」ことができるのが大きな特徴です。例えば1つのパイで考えると、TAKER はできるだけそのパイの多くを自分のために奪おうとし、自己犠牲型のGIVERは、自分の取り分まで TAKER に譲って搾取されてしまいます。しかし、他者志向型のGIVERはパイそのものを大きくする行動に出るため、結果的にそこにいる誰もが大きめの一切れを受け取ることができるのです。

以上を踏まえ、グラント教授は「他者志向型GIVER」になることを推奨しています。「他者志向型GIVER」は相手がTAKERの場合、自分の関わり方をMATCHERに変更します。そうすることで、誰に与えるべきか、または関わらない方がいいかを選択します。自分の限られた時間と資源を与えるべき人に集中することで、信頼関係を構築しつつ成果にも反映させることができるのです。この自己利益の判断をすることが、成功するGIVERと搾取されて終わってしまうGIVERの差だと言えます。

皆さんの所属する組織を振り返ってみても、必ずGIVER、TAKER、MATCHERそれぞれに誰かの顔を思い浮かべるのではないかと思います。一般的な組織の場合は、5人に1人はTAKERが、4人に1人はGIVERがいるはずで、さらにその半数以上はMATCHERであるはずです。成功するために大事なのは、その中で自身が誰のために時間を割くか、誰と深い関係値を構築するかを考えることです。ラクロス部は多種多様なバックグラウンドとタイプの人が集まる場所であるからこそ、その中でも誰と共により多くの時間を過ごすか、誰のためなら自分の時間を割くか、というのはチームを運営するためにも非常に重要な要素です。例えば、「準備は1年生がやる」という部活は多くあると思いますが、そのときにあるチームでは先輩がその準備を完全に放置していたとします。一方で別のチームではその準備の姿を見て、自身の経験をもとに準備のコツを先輩が手短に教えてくれたとします。どちらのために後輩は頑張ろうと思うかは明白ですよね。そして、その子たちが先輩になったとき、それを他の後輩にさらに広げれば、「ペイ・フォワード」が成立し、より良い部活になっていくのです。このように先輩にとってはたった5分の出来事でも、それは後輩にとっては宝物のこともあります。

これは社会に出てからの人間関係でも一緒です。SELLのスポンサーでもあり、昨今ラクロス界の有名企業になりつつあるSUNSYU様との関係は、もともとSUNSYU社長の娘さんが中学校でラクロスを始めたときに、SELLの選手代表である鈴木がひょんなことから一緒にご飯を食べに行ってラクロスのあれこれを色々お話したということからスタートしています。以来、鈴木の一度のGIVEの何十倍ものGIVEをSELLは結果としてSUNSYU様からTAKEさせていただいています。でも無論、それはSELLが立ち上がるよりも前の話で、鈴木はそういったことを期待してそのご飯に行ったわけではありません。

また、SUNSYU様との繋がりで、私は数年前から高校のラクロスまで教える機会を頂き、その中でSELLにとっても別の素敵な出会いの機会もたくさんいただきました。いま、その高校では青学の学生が私から引き継いでコーチをしてくれており、色々な先生方や保護者の方から、知らない学校のコーチを熱心にやってくれる青学の学生への感謝の言葉を受け取ることがあります。ただ、一緒にコーチをしている青学の学生とは、我々がコーチとしてGIVEしている以上にTAKEさせてもらっているよね、という話をします。これは青学において私も同様のことを感じており、コーチはGIVEの印象が強いのかもしれませんが、実はそれ以上にたくさんのものをいただいている職業です。そのためコーチをしていて、GIVEすることが損だと思ったことは一度もありませんし、むしろ私がGIVEした分以上に常に多方面の方から、時には思わぬ形でTAKEさせてもらっています。

自身の過去の経験を振り返ったとき、「価値あるGIVE」をしてくれた人のGIVEはすごく大きな印象を残しているのではないでしょうか?その人に「恩返しをしたい」とか、その人から学んだことを今度は次世代へ「恩送りをしたい」と思う経験はきっと多くの方にあると思います。恩返しは “GIVE&TAKE”、恩送りは「ペイ・フォワード」の考え方ですが、そのどちらの現象をつくるためにも、実際は自分にとっては小さなGIVEだけど、相手にとっては大きな価値になるものを繰り返し与えられる人になる心がけが大切です。幸福度に関する別調査では、GIVEを多くしている人のほうが、TAKEを多くしている人よりも幸せであることも明らかになっています。

誰かを紹介された際、GIVEする人は、「What can I do for you?(私はあなたのために何ができますか?)」と聞き、TAKEする人は、「What can you do for me?(あなたは私のために何ができますか?」と心の中で聞くそうです。

あなたはどちらを心の中で尋ねますか?
成功するためにも、幸せになるためにも、まずは隣の人に対して、 “What can I do for you?” を聞けるように、明日から心がけてみてください。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




関連記事