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【ラクロスコラム】#25 最後に|SELL代表 柴田 陽子

4月末から3か月に渡って続けてきたこのコラムもついに最終回を迎えました。4月7日。私が生活している関東圏では緊急事態宣言が発令され、突如当たり前だった生活が奪われました。自チームの活動も日本代表の活動もオンラインに移行し、全国各地のチーム訪問もできなくなりました。ラクロスフィールドという活躍の場所を失ったとき、自分はみんなのために「いまなにができるのか」。考えた末、「社会に出てから大切なことは全てラクロスから学んだ」というこのコラムを書き始めることを決意しました。

このコラムでは、私がラクロスを通じて学んできたことが社会に出てからどのように役に立っているかについて様々な角度から紹介をしてきましたが、今まで言語化をしてきたこともない多くの経験や考えを文字に起こすのは想像以上に難しい作業で、この3か月、自分の考えの整理と執筆にかけた時間はいま振り返ると相当な量だったと思います。ラクロスの自主練をすれば少しずつでもパスキャやグラボが上手くなったように、毎週何十時間も文章と向き合えば、文字を書くことも少しずつ上手くなることがわかりました。何事も習慣ですね。

性格上どうしても前もって執筆できず、毎回〆切に追われながらパソコンに向かっていましたが、書き上げた25の文章のうち、どれかひとつでも読んでくれた誰かにとって、前向きになったり行動をするきっかけになっていたりすれば嬉しいです。時には読みづらかったであろう長文にも最後まで付き合っていただいた皆さま、本当にありがとうございました。

私が社会人になった12年前といまを比べると、本当に多くのことが変わりました。ワークライフバランスという言葉の浸透とともに、肩書きや報酬よりもやりがいのある仕事や家庭との両立を重視する考え方の人も増え、就業観の多様化もここ10年で一気に加速しました。高度経済成長期以来、終身雇用が当たり前であった日本社会でも、「働き方改革」の推進によりここ5年で環境は劇的に変化しました。リモートワーク、パラレルキャリアや短時間正社員、キャリアパスの複線化、アスリートのデュアルキャリアなども、新しい働き方を代表する言葉として最近はよく耳にします。ダイバーシティとインクルージョンについては、以前のコラムでも触れたように、もはやどこの企業においても担当者が置かれるほどにまで定着してきました。人々が社会的・経済的背景、年齢、性別、性的指向、障害、人種、宗教などに関係なく、就業の機会を得られることは日本でも当たり前の権利になりつつあります。

企業での働き方だけでなく、社会全体における多様性への考え方も変わってきました。LGBTQという言葉が定着しはじめたのもここ10年の間です。私が大学を卒業する頃は、世界に同性婚を認めている国はわずか5か国しかありませんでしたが、現在は28か国にまで増えています。日本でも5年前からパートナーシップ制度が制定され、世田谷区と渋谷区から始まった動きは、現在は47の地方自治体にまで広がっています。社会的ダイバーシティにおいては後進国と言われる日本でも、少しずつ環境は変わっているのだと思います。

日本でもヒットしたLady Gagaの2011年の楽曲”Born this Way”はLGBTQのアンセムとしても有名ですが、LGBTQに限らず、全ての人に向けて人と違う自分を肯定し、「ありのままに生きる」ことを訴えています。この曲は今までとは異なり一歩踏み込んで具体的なマイノリティを歌詞に含めている点でも注目されましたが、「ブラックでもホワイトでも、ベージュでもチョーラ(混血)でも、レバノン人でも東洋人でも、障害のせいで仲間はずれにされても、いじめられても、からかわれても、自分自身を受け入れて、愛してあげよう。それがありのままのあなただから」「例えゲイでも、ストレートでも、バイでも、レズビアンでも、トランスジェンダーでも、間違ってなんかいない」と歌いあげるこの歌は上述したような変化の時代だからこそ生まれた歌のひとつです。

世界に目を向けると、この数か月で最も話題になった言葉の一つはBLM(Black Lives Matter)でしょう。実はこの運動はこの数か月で始まったわけではなく、2013年にある黒人少年が白人警官に射殺された事件をきっかけに湧き上がった運動です。この活動を開始したのは3名のLGBTQコミュニティのアフリカ系女性でした。BLM運動がこれだけ勢いを失わずにここ数か月盛り上がっているのは、この運動が人種的不平等にのみ焦点を当てた従来の運動とは異なり、性差別や階級差別などが複雑に交差した様々な差別・不平等の問題を訴えている点にあると言われています。K POPファンによるBLM運動といったものまで存在するように、実際にこの運動の写真を見てみると、これが黒人から始まったことを忘れてしまうほど様々な人種の人々が入り混じっています。この運動を、黒人差別の運動という枠を超え、「自分事」として多くの人が捉えたことにより、未だかつてない規模の広がりを見せているのです。

なぜ、最終回にこのような話をするかというと、結局詰まるところ、社会に出て一番大切なことは、「自分を受け入れること」そして「他人を受け入れること」だと思うからです。

前回のコラムでも触れたように、私は「私の価値観」で物事を評価できるようになるまでに時間がかかりました。周りに期待されていることをプレッシャーに感じたり、周りの価値観での成功を成功と思えない自分に悩んだりすることもたくさんありました。慶應のような大学を出ていると、高学歴・高収入な男性と結婚をする友人や、自身が大企業で昇進をしていく友人が周りにたくさんいて、どこかで自分を比べてしまうことだってあります。本業ではない青学のコーチ業に毎年体が壊れるまで身を削ることを不思議に思われたこともたくさんあります。日本の世間一般でいう「幸せ」と自分の心の奥底で感じている「幸せ」のギャップを否定しようとしたことも何度もあります。でも結局は、「自分は自分」。最近、それをようやく受け入れられるようになりました。

社会に出てから5つの会社を渡り歩いて、多くの企業文化を学び、様々なタイプの人と仕事をしてきました。違う企業へ移るたびに、本当に色々な考え方や価値観の人がいるのだなと実感しましたし、たくさんの業界でたくさんの能力を身に付けられたことよりも、そういった人との出会いで価値観の視野が広がったことのほうが、私にこの道を選んでよかったと思わせてくれます。そしてただ本業に没頭するだけでなく、この10年いつだって私の生活の一部にはラクロスがありましたし、自分自身のプライベートも含め、本業以外の環境にも情熱を注いできたことで多くのことを学ぶことができました。

私がコーチとして最も大切にしていることが、「一人ひとりの良さを見ること」です。自分自身が「こうあるべき」という固定概念に当てはめられたくないと何度も思ってきたからこそ、選手にも「こうあるべき」を押し付けず、それぞれの元々持っている輝きを引き出せるようになりたいと思ってコーチを続けてきました。自分自身の価値観だけで人を見るのではなく、相手の立場を考えて会話をすること、たくさんの人の異なる目線から違う角度で物事を見ることを大切にしてきました。ラクロスはマイナースポーツだからこそ、上述したような世間的にマイノリティと言われる人々と同じように、外から理解されないこともたくさんあります。だからこそ、スポーツができる環境のありがたさや誰かに応援されるありがたさ、認められない苦しさや自分ではどうにもできない制度やルールへの不甲斐なさ、そしてそれを受け入れて前を向く器の大きさを学べる場所です。

ラクロスをいまやっているみんなには、ラクロスという競技以上に、ラクロスで出会う「人」との絆を大切にしてほしいなと思います。無条件に応援してくれる人、怒ってくれる人、違う考え方を教えてくれる人、本気で語り合える人、一緒に泣いてくれる人、自分のためになにかを犠牲にしてくれる人、自分がその人のためになにかを犠牲にしたいと思える人、一緒に頂上を目指す人、道中で出会う人、これから50年一緒に歩みたい人。その絆を通して「自分の良さ」、そして「他人の良さ」をちゃんと見つめられるようになり、変動していく今の社会に求められる多様な価値観を受け入れられる人になれば、この先、どこで誰と何をしていても、幸せを見つけられるのではないかと思います。

どこで誰と何をしていれば幸せかという答えなんて存在しません。大事なのは、自分がその道を歩みたいか。その道が自分にとって幸せか。苦しいことがあっても、何かを犠牲にしてでも大切にしたいものは何か。価値観は人それぞれで、答えは自分にしかないのだと思います。人や社会の価値観を自分にも他人にも押し付けず、「自分らしくその道を歩める人を生む場所=ラクロス」といえる未来をみんなで創っていきましょう。

最後に、このコラムを執筆するにあたってお力添えをいただいた多くの皆さんに深く感謝いたします。特に、莫大な時間をかけて「私がラクロスから学んだもの」シリーズに寄稿してくださった吾妻千晴さん、青木絵美璃さん、森井菜々子さん、青学28期幹部(橋本美咲さん・杉浦里々佳さん・岡田桃佳さん)、そして竹内彩さん、本当にありがとうございました。私の文よりも皆さんの文のほうがいつも反響が大きく、私も毎回の皆さんの素晴らしい内容に感動していました。このシリーズは好評につき、今後ラクロスプラスキャリアの中でコラムとして継続することが決定しました。今後誰の学びを知れるか、乞うご期待ください!

改めて、3か月間お付き合いいただきありがとうございました。
これからも様々な形でラクロス界を盛り上げていけるようLACROSSE PLUSメンバーとしてもSELLの代表としても、一コーチ・選手(今年からクラブ2部リーグに復帰します)としても頑張ります。
一緒に「ラクロスの人ってかっこいい」を創っていきましょう!

SELL代表
柴田 陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




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