decoding

【ラクロスコラム】#18 健康な体は全ての資本|SELL代表 柴田 陽子

現在も世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっており、日本でも非常事態宣言は解除されたものの、まだまだ油断を許せない状況が続いています。そんな中少し前に、日本での感染が他国ほど爆発的に広がらなかった要因についてのある見解が英BBCで取り上げられました。この見解では、英国シンクタンクのレガタム研究所が毎年発表している「レガタム繁栄指数」を根拠に、日本に元々備わっている健康に暮らすための基盤がコロナの封じ込めに繋がったのではないか、という主張がなされています。

「レガタム繁栄指数」は、経済的な質、ビジネス環境、統治、個人の自由、社会資本、治安と安全、教育、健康、自然環境の9つのサブカテゴリーと、100以上のさまざまな指標に基づいて世界で最も繁栄している国をランク付けするものです。日本は最新の統計において、健康の項目で、167ヶ国中シンガポールに次いで2位となっています。

ここで英BBCが指摘しているのは、このランキングの順位とコロナへの対応状況には明らかな相関があるという点です。日本の検査数の少なさは世界的に問題視されているものの、十分な医療基盤がコロナ患者を早期に発見しやすい環境を作っているとされ、各国の医療制度の実効性が最前線での取り組みを支える基礎体力になっていると言われています。さらに、マスクを着用する習慣や手洗い・うがい・消毒の徹底ぶり、国民の6割以上が年に1度の定期健診を受診しているそもそもの日本人の健康への高い意識もコロナの拡散防止に寄与しているとの見方があるのです。

日本は、こういった高水準の医療や人々の日常の健康意識の高さから、世界に先駆けて「超高齢社会」に突入しました。2018年には、総人口に占める70歳以上の割合も初めて2割を超え、これは今後の社会保障費のさらなる増大と労働力不足の深刻化を意味するとも言われています。このような状況を受けて、これからは誰もが健康に長期にわたり社会で活躍する「生涯現役社会」を目指す必要があると政府は主張しています。つまり、日本の社会のこれからを担う我々は、ただ寿命が長いだけの長寿国ではなく「健康寿命=健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間」を長くしていく必要があるということです。現在、この「健康寿命」は、平均寿命より男性で約9年、女性では約12年も短いそうです。逆にいえば現在の日本の高齢者は平均して9~12年間は何らかの介護を必要としているということです。こういった要介護期間を短くするための健康寿命の延伸への取り組みは、第2次安倍内閣によって掲げられた成長戦略「日本再興戦略」の中にも含められているほど、超高齢社会の日本にとっては重要課題です。

では健康を保つためには何が必要なのでしょうか。そもそもの健康の定義は、WHO(世界保健機関)が1948年に発表した下記の定義が、現在でも広く使われています:

「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます(日本WHO協会訳)」

この定義には、身体的健康、精神的健康、社会的健康という3つの側面の要素が含まれています。それぞれの側面での健康な状態を簡単に説明すると下図のような状態です:

もう少し説明を加えると、身体的健康とは、日常生活動作を困らずできる、五感に不自由がない状態。精神的健康とは、意欲があり、楽しみや生きがいがある状態。そして社会的健康とは、人との交流や社会との繋がりがあり、社会に居場所があると感じている状態、というようなイメージです。ここで大事なのは、「健康=どこも病気ではない」ではないということです。本当の健康とは、身体だけでなく、心、そして社会の中でも健康である状態を指します。それらを全て含めて「健康体」であると私は思っています。

と、さんざん偉そうなことを言ってみましたが、「お前が健康について語るな」と色々な人からのお叱りを受けそうなくらい、私は健康劣等生です。身体も昔から決して丈夫なほうではないですし、社会人になってからはいくつか大きな病気も経験しました。でもだからこそ、健康体であることの重要性をいま改めて痛感しています。

大学時代の私は、身体的健康が維持できていれば自分は健康体であると思い込んでいました。逆に言えば、大して精神的健康・社会的健康を気に掛けなくても楽しみや生きがいがあり、友達や家族との交流の場が多く持てていたのだと思います。私が身を以て精神的健康・社会的健康の大切さを痛感することになったのは、社会人になってからのことです。

社会に出ると、仕事とプライベートの「両立」という言葉がよく使われますが、社会人一年目の私はその真逆にいるような人間でした。膨大な仕事量と自分の力量不足で毎日業務に追われており、仕事以外の時間がとにかく見つけられませんでした。すると今まで大切にしていた休日の友人との約束や、平日の夜の運動や大好きな映画を見る時間がなくなり、楽しみが消えました。平日が忙しいのも相まって、土日は家で寝ていたいとなると外出もなくなり、次第に周りとの交流が減っていきました。そんな悪循環に陥っている中で、社会人1年目の3月、私はついに自分の誕生日を忘れました。友達から0時になった瞬間におめでとうと連絡がきたとき、私はまだ仕事をしていました。以前のコラムでも話したように、私の家は誕生日などを非常に大切にする家であったからこそ、これは自分にとっては非常にショックなことで、自分の誕生日も覚えていられないのに、大切な人たちの誕生日を覚えていられるわけがないということに気がつきました。そして急にそのときの自分自身が精神的健康・社会的健康を維持できていないことを知り、今の環境を変えようと思い立ったのです。誕生日の翌日すぐに退職したいと伝え、上司が便宜を図ってくれたおかげでそこから1か月かからずに本当に退職。そのときにFUSIONの先輩が声をかけてくれ、リクルートに転職をしました。

しかし、そこからすぐに全てが元通りとなったわけではありません。転職してから数か月が経った頃、今度は身体に異常が出始めたのです。ある日急に激しい耳鳴りやめまいに襲われ、そこで初めて何かがおかしいと自覚し、自ら病院にいきました。あとから振り返れば、社会人1年目のときから体調異常の色々な予兆はあったのですが、とにかく毎日に必死で、自分の体調の変化にさえ気づくことができていませんでした。そこからは数年に渡り、仕事とラクロスを両立しながら健康を取り戻す日々が続きました。FUSIONも青学もやっていて、やりすぎなのではとか、そもそも病気を抱えているならラクロスを辞めたほうがいいのではないかと言われたこともありましたし、自分自身でも考えたりもしました。しかし結局、最高の仲間と一番のやりがいが詰まっていたFUSIONや青学での関係を失うことの方が精神的・社会的健康を損なうと思い、両立する方法を模索し続けてきました。

自分の経験を以ていま言えることは、精神的健康・社会的健康があってこその身体的健康であり、またその逆も然りだということです。あの頃に体験したことの中には、思い出したくもない嫌な記憶もありますが、それでもグラウンドで急にめまいがしたときでも、すぐに寄り添ってくれたFUSIONや青学の仲間の記憶のほうが、めまいの辛さよりも忘れられない記憶であったりもします。「なんで自分が?」と思うこともありましたが、精神的・社会的にはラクロスと仲間のおかげで社会人1年目に一度失った健康を取り戻していきました。

あれから7年弱、人並みの身体的健康を取り戻すことができた今は、何よりも身体的健康を失いたくないと思っています。だからこそ、自分にとって精神的、社会的に健康でいられる場所を失わないことを大切にしていますし、その上で身体的健康も維持できるよう昔よりも気を付けるようになりました。

身体的健康維持のための3大要素と言われるのが、「運動」「食事」「休養」です。私は元々小さい頃から「運動」にはとても興味がありましたが、「食事」「休養」に対しては意識が低い人間でした。昔は好き嫌いが激しく、野菜は大嫌い。その上、夜更かしが大好き。それでも全く体には異常が出ないくらい子どもの頃は元気でした。いま思えば、あの頃は母親がすごく気を使って食生活を工夫してくれていたのだと思います。そういった私の意識の低さも、ラクロスに出会って次第に変わっていきました。大学に入ってラクロスの練習がはじまると無理にでも規則正しい生活を強いられ、朝練が早いのが功を奏し、夜更かしもほとんどしなくなりました。そうすると適度な時間に練習やバイトで疲れた体をしっかりと休ませることができて、大学時代は本当によくぐっすり寝ていたなと思います。そして試合に向けて、どのようにコンディションを整えていくか。いつ休んで、いつ動くか。大事な選考会や試合に向けて当たり前に気にするようにもなりました。また、少しずつアスリートとしての食事や栄養にも目が向き、中でも大きな転機になったのは代表活動でした。本気で上を目指すなら徹底的にやってこなかったことをやらないといけないと感じ、自主的に毎日の食生活の記録をとりはじめました。これがそのときの記録の一部です。

主食・副菜・主菜・乳製品・果物をそれぞれ1日どれだけ摂取できているかを毎日記録し、不足分は意識的にサプリメントなどで補足するようにしました。継続は力なりとは本当で、走り込んでいたことも関係して半年で体重を落とさずに体脂肪だけを5%近く落としたことが、パフォーマンスアップに繋がったのかなと思っています。

このように私は、ラクロスのおかげで「運動」だけでなく、「食事」や「休養」に関しても知識を付けることができましたが、社会に出てから、これをバランスよく実行することの難しさも痛感しました。それでも、社会人3年目までに身を以て健康を損なう怖さを経験してからは、決して優等生ではないなりに、この3つの要素の重要性は認識して生活を工夫するようにはなりました。忘れてはならないのが、身体的健康を維持するためのこれらの要素も、精神的・社会的健康が伴ってこそ質の良いものになるということです。例えば、精神的に不安があると寝られなかったり、外との交流がないと食事がどうでもよくなってしまったり、精神的・社会的健康が維持できていないとそれらが作用して身体にも何らかの異常が出ます。私の場合はそれが耳やリンパ、自律神経などへの異常として表れましたが症状は人それぞれだと思います。症状が出てから健康を取り戻すのは長い道のりです。そうなる前に、自分自身の健康な状態やそのために必要な要素を考え、健康と向き合うきっかけを作ることが大切だと思います。

私が大学の頃よりも、こういった健康と向き合うきっかけや情報量は、ラクロス界の中でも圧倒的に増えてきています。SELLとコラボして「食トレ」をSNSで発信してくれているアスラクは、もともとはラクロス選手だった二人がラクロッサーの食への意識を変えたいと始めた活動です。彼女たちのように、ラクロス界の中でも自ら「食事」に目を向けているような人たちも増えてきていると思いますし、最近では筋トレやプロテインなど10年前ではトップ層しか取り組んでいなかったことにも、多くの選手が当たり前のように取り組んでいるのを目にします。

その反面、社会全体では、インターネットの普及に伴いネット依存による孤立が深刻化し、そういったきっかけから精神病を患うリスクも高くなっていると言われています。2018年に慶応義塾大学の研究所が発表した調査結果では、日本の大学生の約4割がインターネットによって生活に問題がもたらされていることが明らかになりました。この調査で「インターネットによる問題あり」と分類された学生は、睡眠の質が低い・うつ病スコアが高い・不安傾向があるなどの調査項目の数字が高くなっていたそうです。また、ある医療センターの別調査では、ゲーム依存と判断された患者の全員に体力低下の傾向が見られました。こういった時代の変化に伴い、WHOもネット依存やゲーム依存を問題視するようになり、2018年には国際疾病分類の改訂案に初めて「ゲーム障害」を追加するに至りました。

インターネットの普及によってここ10数年で劇的に生活は変わりましたが、それらのツールや情報を上手に活用しないと、逆に健康を損ねるきっかけになってしまうこともあります。現代の情報社会はそれだけ精神的・社会的健康を失うきっかけも多く潜んでいる場所だということです。そのような現代社会の中でもラクロス界は10年前も今も変わらず仲間とやりがいに溢れている場所だと思います。だからこそ、このラクロスの「人」と「人」が繋がるコミュニティの人間関係は何よりも貴重な我々の財産なのだと思います。

あなたにとって精神的・社会的健康とは何ですか?
日々どれだけ運動だけでなく食事や睡眠のことも気に掛けられていますか?
健康に長生きをするためにも、本当の意味での「健康体」に向けて今日からできることとぜひ向き合ってみてください。

SELL代表
柴田陽子

▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)




関連記事