【ラクロスコラム】#14 自主性と多様性が生むもの|SELL代表 柴田 陽子
昨今ニュースなどでもよく聞く言葉で、多くの企業において重要視されている言葉に「イノベーション」があります。この言葉は21世紀に入ってからより注目されてきており、近年日本の企業でも“イノベーション推進部”というような部署がある企業も増えてきています。また、2007年には政府からも「イノベーション25」という2025年までを視野に入れた成長に貢献するイノベーションの創造のための長期的戦略指針も発表されました。
私が大学時代に通っていた慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(通称SFC)は、起業家大国といわれており、様々な分野において新たな価値を創造し起業をしている先輩や後輩がとにかく大勢いる学校です。そのため、授業も他の学部や学校ではあまり聞かない独特なものが多いですし、1年生から研究会というゼミのようなものに入り、特定の分野の研究を徹底的に行うことも可能です。私も2年生時にスポーツビジネスについて深く研究したいと思い、そこから3年間同じ研究会に所属して、卒業制作ではマイナースポーツに特化したエージェントビジネスのビジネスプランを書き上げました。いまでも当時の教授には大変お世話になっており、何度か講義のゲストとしてスポーツビジネスについてお話させていただいたこともあります。また、当時の仲間の中にはSELLの立ち上げや現在進行中のプロジェクトに携わってくれているメンバーも複数おり、あの研究会でかけがえのない学びと出会いを得られたと感じています。幅広い分野において独自で研究を進めている人が多いので、何を勉強しているかと聞かれると一言では言い表せないような大学ですが、「イノベーション」は間違いなくSFCのカリキュラムにおける一つの軸となる考え方であり、「イノベーション」を重んじるSFCの環境があったから、独立して夢を追いかけている今があるのだと思っています。
では、「イノベーション」とは具体的にどのようなことを意味する言葉で、どのような歴史的背景の中で生まれたのか。イノベーションは、日本語ではよく「技術革新」と訳されますが、本来は技術に限らず広い概念を持っている言葉です。新たな考え方や技術を取り入れて新しい価値を生み出し、社会全体やあるコミュニティにおいて「革新」や「変革」をもたらすことがイノベーションの本来の定義と言われています。イノベーションの概念を最初に提唱したのは、オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペーターです。彼は1912年、わずか29歳の若さで発表した著書「経済発展の理論」(1912年)の中で、イノベーションの中心概念と5つのイノベーションのタイプを定義しています。発展にはイノベーションが不可欠というこの考え方は、100年後の現在も多くの国や国際機関、そして企業・経営者が共有している経済成長の基本の考え方です。
シュンペーターは、経済成長を起動するのは企業家(アントレプレナー)による新結合(ニューコンビネーション)だと主張しています。そしてこの新結合こそがイノベーションであり、さらにその新結合は5つのタイプに分類できるとしました。現在は、イノベーションの指針として、このシュンペーターの新結合の分類を基にOECD(経済協力開発機構)がまとめた“オスロ・マニュアル”というガイドラインが存在しています。その中で、イノベーションは下図の通り4つに分類をされています。
昨今でも様々なイノベーションが世界中で起きています。中でも、21世紀を代表するイノベーションとしては、Facebook、iPod(iTunes)、Amazon、そして最近ではUberなどが有名です。これらは本当に世界中を席巻した巨大なイノベーションですが、もっと小さな規模でもイノベーションは様々な場所で無数に誕生しています。
では、そういったイノベーションはどのような環境において生まれるのか。イノベーションを生むための大きな要素と言われているのが「自主性」と「多様性」です。
「イノベーション」と「自主性」の関係性については、100年以上前から結果を出し続けている企業の実例をもとに紹介したいと思います。イノベーションを次々と生み出す企業の代名詞的な存在としてよく取り上げられるのが米国の3M(スリーエム)という企業です。スリーエムは皆さんも日常的に使っているであろう“ポストイット”を創った会社として有名で、実はそのポストイットも別の用途のために作られた失敗作からひらめいたアイデアで生まれたイノベーションだったと言います。スリーエムはそれ以外にも、画期的な新製品を途切れ無く市場に導入することでイノベーション企業としての確固たる地位を築いてきました。実はSELLの選手にスリーエムジャパンに勤めているメンバーがいるのですが、彼女に入社の理由を聞いてみると、「毎日みんなが目にしているもので社員にしかわからないような自社製品があちこちに使われているのがかっこいいと思った」という答えが返ってきました。ちなみに、彼女がスリーエムを受けたのは、家でどの企業を受けようかと考えていた時に机の上にあったScotchテープが目に入り、それがどこの会社のものだろうと調べたことがきっかけだったそうです。テープが有名なScotchはスリーエムを代表するイノベーションブランドの一つです。スリーエムはダウ工業株30種の一つでもあり米国を代表する優良企業ですが、数々のイノベーションを繰り返してきた裏には、「15%ルール」という業務時間の約15%を本業以外の好きな研究に充てることを許可するルールなど、イノベーションを生み出すための独自の企業文化があると言われています。そしてその企業文化の中でも最も奨励しているのが「社員の自主性を尊重する」ことです。
スリーエムの有名なエピソードとして、「マックナイトの手紙」と言われるものがあります。1948年当時、創業から50年を迎えようとしていたスリーエムにも新しいものを生み出すのに苦戦する時期が訪れていました。そんな厳しい現状を打破しようと、当時の会長マックナイトは、全管理職に向けて手紙を書きました。「自主性の尊重と失敗の許容」と題されたその手紙の中で、彼はスリーエムの成長の原動力はイノベーションにあることを説き、社員の独創性の芽を大切に育むことを全管理職に向けて訴えたのです。マックナイトの手紙は、全世界のスリーエム社員に語り継がれ、いまでも起業家精神とイノベ―ションを生み出す企業文化の礎にあると言われています。
このマックナイトの言葉は、スリーエムジャパンの新卒採用ページにも大々的に掲載されています。また、同ページには「新たなイノベーションの創造には、そのプロセスのなかでいくつもの試行錯誤を経ることが必要であり、失敗をおそれない積極的なチャレンジこそが社員の自主性を伸ばすという考え方が根づいている」という言葉で、自らの企業文化についての紹介がされています。社員が張り切ってチャレンジするのであれば、上司はひたすら唇を噛みしめ、じっと部下を見守ること。そして、例え部下が失敗したとしても、再度チャレンジするよう励ますこと。それが結局は、イノベーションを起こすための必要条件に他ならないという認識が、管理職を含めた全社員の間で徹底されている。そういった点が、社員のチャレンジを尊重し、失敗を許容しようとしない多くの企業と新たなイノベーションを創出できる「人財」の面で差を生み、結果的にイノベーションが生まれる企業とそうでない企業の差になっていると言われています。
イノベーションにおける「自主性」の重要性をマックナイトが説いてから約70年、昨今のイノベーションにおいてより注目されているのが、もう一つの要素、「多様性」です。こちらは企業の実例ではなく、昨今の研究結果から重要性を説いていきたいと思います。2016年にミュンヘン工科大学とBCG(ボストン コンサルティング グループ)が共同で行った調査では、ドイツ、スイス、オーストリアの171社を対象に、多様性が実際にどの程度イノベーションに関係しているかについて調べられました。その中で、各企業におけるいくつかのカテゴリの多様性と、直近3年間の収益に占める新商品・サービスの割合を調査した結果、多様性の数値が高い企業ほど新商品・サービスの割合=イノベーションも多かったことが判明しました。この調査で裏付けられた通り、21世紀のイノベーションにおいては、価値観や専門分野が異なる人々が集まる環境が、自分たちの常識の一つ先をいく発想を生むには不可欠とされています。
私が以前働いていたナイキにもスリーエム同様、イノベーションを大事にする企業文化があり、それはナイキの中では “11 Maxims” という11の行動指針のようなものに落とし込まれていました。下図がその11の指針の内容です。
ご覧のとおり、まず真っ先に、「It is in our nature to innovate(イノベーションは私たちの本質である)」ということが書かれています。私がナイキにいた頃にも、一度イノベーションを生むための大々的な部署の再編成が実施されたことがあり、そのときのテーマは “cross-functional innovation(部門横断型イノベーション)”でした。つまり、部門の職能上の枠を超えることにより、各部署とそれぞれの部署の人材が持つ多様な価値観や経験、バックグラウンドを融合させイノベーションを促進させる取り組みです。このように、世界的大企業においてもイノベーションを生むためには組織内の環境が非常に重要だと考えられています。そういった意味では、ラクロスにおける環境は非常にイノベーションには適した環境だと言えると思います。
ラクロスはこれまでのコラムでも触れてきたとおり、「自主性」と「多様性」に満ち溢れた環境です(詳しく知りたい方はコラムの#3,#9,#10あたりを読んでみてください)。多くの競技と違い、部活運営はほぼ学生主体で、様々なバックグラウンドを持つメンバーがラクロス部に集まります。その中で日々、イノベーションのチャンスは無数にあります。例えば、青学は今年「一度も会わずにラクロス部に入部してもらう」という新たな新歓スタイルを確立し、40名の新入生が入部を決めてくれました。これはラクロス界のマーケティング・イノベーションの一例です。自分たちでそれがイノベーションだという自覚をしていないだけで、実はこういった試行錯誤をラクロス部では日常的に幾度となく繰り返していると思います。
上述した青学の新歓の例は、一般的に「クローズドイノベーション」と言われるものです。この言葉は、2003年にカリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネスのヘンリー W.チェスブロウ教授が自身の著書ではじめて提唱した「オープンイノベーション」という言葉の対義語として使われています。オープンイノベーションとは、「企業内部と外部のリソースを有機的に結合させ、意図的に新たな価値を創造すること」であり、対してクローズドイノベーションとは「企業内部のリソースのみで新たな価値を創造すること」を指します。この「オープンイノベーション」という考え方に、最近では文部科学省なども注目しはじめています。文部科学省は平成29年版科学技術白書の中で、「イノベーションを巡るグローバルな競争が激化するなか、従来のクローズドイノベーションに代わり、組織外の知識や技術を積極的に取り込むオープンイノベーションが重要視され始めている」とし、我が国の産業界や教育研究機関も積極的にオープンイノベーションを導入することを提言しています。
青学の新歓の例は、青学の部活が持つリソースのみを活用して新たな価値を創造した「クローズドイノベーション」にあたりますが、昨今の社会の中で価値が上がっているのは上述したとおり「オープンイノベーション」の方です。ラクロス界でも、この状況下で学生からオープンイノベーションの考えに基づく活動が出始めています。「学生によるラクロス界の発展と価値向上」を目的に現役の大学生によって立ち上げられたfrom.laxや、「2020をなかった年とは言わせない」をキーワードに、こちらも大学生が立ち上げたkeep_the_fire_burningなどは、このコロナ自粛の状況下でこそ生まれた、「オープンイノベーション」に繋がる活動だと思います。また、これらを先導している学生に関しては、前述した「自主性」の面でも非常に高いものを持っているのだと思います。それぞれが自ら「やりたい」と思い、やらなくてもいい挑戦に挑んだ。勝ち負けのあるスポーツだからこそ、普段は敵として接することのほうが多い相手と面と向かって意見を交わし、一緒に考え抜いた先に何が生まれるのか、個人的にもすごく楽しみにしています。
SELLが大切にしている考え方の一つも「オープンイノベーション」です。元々別々のクラブチームで日本一へ向けてそれぞれが比較的クローズドな活動をしていた社会人選手が、所属チームや年齢、経歴関係なく、「もっとうまくなりたい」という一心で集まるのがSELLの平日練です。そもそもSELLという団体はあくまで各クラブに所属しているメンバーが自ら志願して参加している「やりたい」の集まりだと言えます。その自主性の先にある答えは特に誰もわからずに自由にやっています。SELLにいまあるのは本当に小さなイノベーションかもしれませんが、NeOでも、MISTRALでも、FUSIONでもない、新たなラクロスのアイデアが生まれる場所であり、やりたいことに自由に挑戦ができる場所、それがSELLであってほしいなと思っています。
イノベーションを生む環境には、必ず「自主性」と「多様性」があります。皆さんの組織では様々なメンバーの「やりたい」をどれだけ行動に移す仕組みが整っていますか?イノベーションの舞台がラクロスでも、ビジネスでも、それ以外でも、イノベーションに必要な要素は変わりません。まずはいま自分のいる場所から、小さな「やりたい」を異なる価値観やバックグラウンドの誰かの別の「やりたい」と組み合わせて形にしてみてください。その先にはワクワクするようなラクロス界のイノベーションがあるかもしれません。
SELL代表
柴田陽子
▶︎Profile
柴田陽子(1987年生まれ、兵庫県出身、神奈川県在住)
【学歴】
・大阪教育大学教育学部附属高等学校池田校舎卒業
・慶應義塾大学総合政策学部総合政策学科卒業
【社会人歴】
・アクセンチュア(SAPを専門に取り扱う部門でクライアント企業へのSAPシステムの導入プロジェクトに携わる)
・リクルート(リクルート住宅部門注文住宅グループ神奈川チームにて住宅雑誌「神奈川の注文住宅」の営業)
・WWE(米国最大のプロレス団体の日本法人にてマーケティング、ライセンシング、セールスなどをサポート)
・ナイキジャパン(通訳チームの一員としてスポーツマーケティング、ロジスティックス、テック、CSRなどの視察や会議の通訳および資料翻訳を担当)
・電通(オリパラ局の一員として東京大会の各競技のスポーツプレゼンテーションを企画。チームの国際リエゾンとして豪州のパートナー企業との交渉も担当)
・Second Era Leaders of Lacrosse(代表として団体創立に携わり現在に至る)
【ラクロス選手歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部(2005年~2008年)
・FUSION(2009年~2013年)※2010年~2012年主将、2013年GM
・CHEL(2014年~2016年)※2015年主将、2016年副将
(選抜チーム)
・U20関東選抜(2005年)
・U22日本代表(2008年)
・日本代表(2009年~2011年 )※2009年W杯参加
【ラクロスコーチ歴】
(所属チーム)
・慶応義塾大学女子ラクロス部AC(2009年)
・青山学院大学女子ラクロス部HC(2010年~現在)
(選抜チーム)
・U20関東選抜AC(2012年)
・U20関東選抜HC(2013年)
・U19日本代表AC(2015年)
・日本代表AC(2017年)
・全国強化指定選手団AC(2019年)
・日本代表GM兼HC(2020年~現在)
【主なラクロスタイトル】
(選手)
・関東学生リーグベスト12(2007年)
・東日本クラブリーグ優勝(2011年・2012年 FUSION、2014年 CHEL)
・全国クラブ選手権優勝(2011年 FUSION)
・全国クラブ選手権準優勝(2014年 CHEL)
・全日本選手権準優勝(2011年 FUSION)
・全日本選手権3位(2014年 CHEL)
(コーチ)
・全国最優秀指導者賞(2018年)